オレンジ信号機 9 ソファで二人何をするでもなくテレビを眺めている時の、形容しがたい多幸感。 ただ静かに沈黙を楽しむもよし、他愛もない会話をするもよし。 「そういえば、うっちゃんは夏休み実家に帰ったりするの?」 この学園は全寮制であるが故に、大型の休日となると実家へ帰省する者が多い。 よほどの理由がない限りは教師もそう推薦しているが、部活などに熱心な生徒は残留を選ぶ事もある。 「どうだろう。そこまで遠方じゃないしわざわざ帰らなくてもって思うけどね。なっちゃんは?」 「僕は帰らないよ」 緊迫。一瞬で即答されて、小峰も驚く。 てっきり、彼は遠くに引っ越したものだと思っていたから、ホームシックにでもなっていると思ったのに。 「じゃあ色々遊んだり出来そうだね」 何気なく問いかけてみた言葉だったが、東江は急に立ち上がり今からすでに楽しそうに頷く。 もしかしたら、相手からも誘おうとしてくれたのではないだろうか。 この間の低空飛行であった雰囲気はどこへやら、すっかり元通りになっている、と小峰は信じたかった。 だってもう小峰はとっくに気がついてしまっていたのだ。 降参、お手上げ、白旗。 相手のペースに振り回されるのも、気に食わないのも、残念なのも苛立ちを覚えるのも全て、たった一つの明快な答えがあるからなのだ。 (……まさかこのボクの初恋も男だったなんてね) 思い返せば、初めて出会った時はただの友達の一人で。 確かに物珍しさから仲良くなりたいとは思っていたが、それもいなくなってから初めて実感した事で。 今この胸を満たしている感情は、紛れもなく現在の彼を知る事で培われたものだった。 (っていうか、なっちゃんもボクの事好きだったりするんじゃないの?) 共同生活を送るにあたって、恐らくは腐れ縁の親友以上に彼の事を知っているかのような錯覚を感じる。 穏やかに笑いかけてくる表情だって、年相応に話してくれる声色だって、好意しかないのだ。 目の前のテレビに集中している東江に向かって、努めて冷静に、疑わしくないように、そっと聞いてみる。 「なっちゃんはもう恋とかしないの?」 「するかも。でもこの学園じゃどうかなー」 両手の指同士をくっつけたり離したりを繰り返しながら、意味もないその動きを楽しんでいる様子だ。 「相談してね。絶対応援するから」 そんな訳はないのだが、きっとそう言われれば東江が喜ぶだろうと思って出た一言だった。 「なんかうっちゃんには助けられてばかりになっちゃうな……ありがとう」 「いーえ、どういたしまして?」 「でも本当、うっちゃんと友達になれて良かったよ」 (これもしかして、案にボクフられてるんじゃないの) とは思っても口が裂けても言えず。 そちらがその気ならば、と小峰は気持ちを切り替える事にした。 −大丈夫。彼が一人になる瞬間くらい、ボクが一番よく分かっているんだから。 まだ、チャンスはある。 一度燃え上がれば暴走が止まらない人物がやたらと集まるのは、東江の特徴と言い切ってしまえそうだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |