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オレンジ信号機

 季節は梅雨も終わり、もうすぐ夏期休暇が差し迫っている頃。
共有スペースのリビングにて食事をしている時の事だ。
「でも、もう大丈夫」
ふと東江の声がして、小峰は口に持っていく途中の箸を止める。
今の今まで集中して咀嚼をしていた筈なのに、一体何の話をしようというのか。
首を傾げて続きを促すと、東江はそっと口を開く。
「初恋云々の話。うっちゃんがあの時そうだよって教えてくれたから、何か満足しちゃった」

東江曰く、ずっと違和感を抱えていたようで。小峰が自分と内原の事を打ち明ける事で、図らずともそれを解消出来たらしい。

「うっちゃん−この場合は内原の方だけど。彼に教えて欲しい言葉があったんだ」
「アイツに?」
「うん。でもそれを……ゲン君が言ってくれた気がする」

それは“守ってあげる”と言った日の事だろうか。
満足そうに宣う同室者は多くを語りたがらず、小峰は頭の中でつじつまをあわせるしかない。

(なんかそれ、気にくわないな)
と胸に宿ったのはいかなる感情か。
そうだ。一度自覚してしまえば、小峰は東江に対していつでも気に食わないと思っていた。

最初に会った時は皆仲良くしていた筈なのに、いつの間にかうっちゃんと誰よりも仲良くなっていて。
仲良くなりたいと思っている間に勝手にいなくなってしまうのだ。

(ボクはどちらに嫉妬すれば良かったのかな)

そうして次に再会したと思えば、こちらの思惑通りに面白い程に動いて。
気づいて欲しいような欲しくないような気持ちにさせられるのだ。

(でも“なっちゃん”って呼べたのは嬉しかったな)
今だって、うやむやに許されているに過ぎないが。それでも本人に認められている事が何よりも小峰を突き動かしていた。

正直な気持ちを挙げるとすれば、内原と親しげに話している事も、何年だか知らないが親友が転校してきてはしゃいでいる事も、何もかもが気に食わないのだ。

「うっちゃん、急に黙ってどうしたの?」
心配そうな東江の声が耳に届き、小峰は我に還る。
平静を装ってテーブルに目線を落とせば、さらに気遣うような視線を感じた。

「で、でもさあの時言ってくれたの、嘘でも嬉しかったな」
「あの時って?」
「ボクを選んでなんて告白、多分この先一生されない気がするから」
「男にそんな事言われるなんて普通ないでしょ」
「そうかな?……そうだね」

まるで思い出にするかのように、、東江は一人うんうんと頷いている。
あれは小峰にとって、本当に全てが演技だったのか。

(そんな訳ないじゃん)
嘘ではないのに、信じて貰えないのか。

「なっちゃんは平凡だからね。この小峰様のありがたいお言葉をしかと耳に焼き付けてよね」

段々腹が立ってきて、このままでは再び雰囲気が悪くなってしまうと小峰は感じた。
皿を手に立ち上がり、普段通りにシンクに重ねる。

「さて、平井君の部屋にでも遊びに行こうか」

どうして自分はこんなにも今苛立っているのか。
心の中でしてきたいくつかの言い訳を、小峰は一人反芻する。

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あきゅろす。
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