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オレンジ信号機

 それからの話を少し。わだかまりを解消した小峰と東江は、入学したての頃とは多少なりとは異なるものの良好な同室者として共存していた。

「じゃあ僕ゴミ出してくるから、うっちゃん野菜切ってくれる?」
「分かったけど、いい加減そのアダ名やめない?」
「なんで?そっちこそ僕の事なっちゃんって呼んでるじゃん」

−昔は“ナツ君”って呼んでたのに。
言外にそう含まれてしまえば、もう何も言い返せなくなってしまう。
てっきりほとんど忘れられていると思っていた。だからこそ、こちらは良いだろうと呼び続けていたのに。

「困った時に黙るの、うっちゃんの癖だよね」
「全然違うし。何言ってんの」
「うん知ってる。本当は焦ると声が低くなるんだよ」
「はぁ、本当やめてよそういうの」

図星であるが故に反応出来ない。
小峰が憤慨している事をいい事に、東江はゴミ袋を片手にドアを押す。
なんだかこちらばかりやられ役になっているような気がして、小峰は面白くない。

 その日の夕食は東江特製のミネストローネだった。
とはいえ下拵えは小峰が行ったので、ほとんどは共同製作だが。
トマトの甘みがしっかり利いたスープは、皿の上でくるくると円を描いている。
その渦の中心をぼんやりと見つめていたら、東江はおずおずと声をかけてきた。

「た、食べないの?」
「なっちゃんが座るの待ってた。一緒に食べたいし」

何て事はない正直な気持ちを口にしただけだったが、東江には衝撃だったようで。
一瞬だけ目を細めて笑ったかと思えば、
「なんかいいね、そういう家族みたいなの」
と、小さく呟いた。
見ないふり聞こえなかったふりをして飲み込んだスープはしょっぱい。

 滞りなく夕食は進み、後かたづけを買って出た小峰。
しかし背後のテーブルから注がれる視線に、集中力という集中力をそがれてそちらを振り向いた。

「なっちゃん、皿洗いたかったの?」
「いや、そうじゃなくて、この間もこの音聞いたなって思って……」
もごもごと何か言いたげにしかし言いにくそうに東江は言葉を選んでいる様だ。

「この間って、いつもキッチンで水出してたら聞き馴染んでるでしょ」
しびれを切らした小峰が尋ねると、「そうなんだけど」と小さく返事をして再び沈黙が訪れる。
意を決した様子で東江が告げた一言は意外なものだった。
「……単刀直入に聞くけど、うっちゃん看病してくれてたよね?」
「は、はぁ!?いきなり何それ!」

慌てて否定を重ねる事はほぼ肯定している事と変わりないとは誰の弁であったか。
目を白黒させ困惑する小峰に東江は続ける。

「僕が怪我してる間、ずっと夜とか氷枕変えたりしてさ、あれ凄く嬉しかったんだ」
「べっ別にそんなの、あれだし、同室者がウンウン唸ってうるさかったから黙らせないとこっちの安眠が保てないからだ、よ?」

冷や汗を拭って一気にまくしたてる。
これで本人はセーフだと思っているのだから小峰は存外油断の多い性格をしている。

「理由は何でもいいんだ。本当にありがとうって、お礼が言いたかったから」

すっかり短くなった髪の毛は、東江のほのかに紅のさす表情を隠しもしない。
いっそ自分がどこかに隠れてしまいたいと小峰は思った。

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あきゅろす。
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