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オレンジ信号機

 あれから早いもので一週間。
東江夏夫は本当にしつこい男だった。
いくら小峰が『会わない』という選択肢を持っていようと、彼は『必ず会う』というキラカードを出してくる。
ジェンケンで言うなればチョキとパー。

 このままでは危険だ。何がかははっきりと不明瞭だが。
そう思っていた矢先の事だった。
「うっちゃん、僕と勝負しよう」

東江が持ってきたのは、自分にとって一番身近なスポーツ−ハンドボールの球だった。

「ボクあんま運動得意じゃないし、それ以上になっちゃん不得手じゃない?」
「うん、だから敢えて僕にとびきり不利なモノを選んでみたんだ」

はにかむようにハンドボールを持つその手はどこか汚れて見える。
部室から借りてきたのだろうか。もしかしたら、仁神と何かあったのかも知れない。
しかし今は関係ない。

「売られた喧嘩は買うタイプがこのボクさ」
東江の手からボールを奪い、小峰は笑いかけてやる。勝負と言われて燃えなければ男じゃない。小峰は久方ぶりに心臓が高鳴る音が聞こえた。

 「細かいルールは割愛。なっちゃんじゃ覚えられないだろうからね」
「僕一応頭いい方だと思うよ、っていうかなんかうっちゃん、目輝いてるね……急に話してくれるし」
「当たり前だけどボクが勝ったら完全にサヨナラ。うっちゃんって呼ぶのもナシね」
「何それ……じゃあ僕が勝ったら今までの色々説明して貰うし夕食も毎日作って貰うから!」
「ふは、じゃあ絶対に負けないようにしないと」
「大丈夫だよ、どうせうっちゃんが勝つんだから」

何それ。せっかく楽しく笑えていたのに一瞬で表情が凍り付く。
それではまるで負けて諦める為にこの勝負をしかけたみたいではないか?
神聖な勝負の場面で最初から敗北を認めるとは。立ち直れないくらいにしてやろうかと怒りが沸いてきた。
勝負は1対1の練習方式。交互にシュートとGKを交代で行い、3点先取した方を金星とする。

「……まぁ、最初から無理だって知ってたよ」
結果として。東江は撃沈した。小峰がギタギタにすると決意したのも全くの無意味と言わんばかりに、体よく表現するとしたら、ポンコツだった。
あまりにもあっさり決まるシュートに小峰は一瞬、自らの運動神経が良くなったのかと錯覚する程だった。
勝負には勝ったのだから、これでさっぱりオワカレだ。
そう言おうとして東江と向かい合って−絶句する。
相手のその表情が、悲壮感しかないからだ。

「……守るって、ボクが言ったから」
「それはあの時の?」

勝負には勝ったけど、駆け引きには負けた気がする。だからこれは、自分へのけじめの為。
“何故あの日助けてくれたのか”という愚問への答えなど、この一言で十分なのだ。

「結局、ボクはチクっただけで何もしてない」
この件の当事者には、なれなかった。

「そんな事ない!うっちゃんがいなかったら僕……」

こんな会話は不毛で。自分がどんどんみじめになっていく筈なのだが。
それでも振り切れないのは、彼がかつて大事に大切に想っていた幼なじみだからだろうか。

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