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オレンジ信号機

 彼と慎重差が多少なりとはある自分からしてみれば、それはさながら小動物が震えているかのようで。
あざとい格好だとかそういう思案は一先ず置いておくとして、何故ここに東江がいるのかどうかを確認しなければならなかった。
しかも、出来るだけ簡素に。

「ボクの方にはないんだけど、壁にでも話しかけてたら」
顔を見たら、心境が揺らいでしまうと自分でも理解していたから、だからこそ目をそらして冷静を装う。

「じゃ、じゃあせめて一つだけ質問に答えて」
小峰の中では、大体あの時全てをさらけ出した時に突き放したつもりだったのだ。
だらかこそ、今なお縋りつこうと手をのばしてくる東江が分からない。
こんな事を言ったら、どれだけの態度をとれば、諦めてくれるのか。

ガン、と左側の壁を殴りつけて、東江の目の中を覗きこむ。
ダークブラウンの奥に、自分の茶髪が揺れている。
「答えなきゃいけない理由がない」
「そんな、だって僕らは」

たかが同室者なだけで、存在すらほとんど忘れていたじゃないか。
しかも簡単な嘘であっさり騙されて。
こうして頭の中をかき乱されている事が、無性に腹立たしい。
これ以上この場にいたら小峰弦の精神衛生上全く以てよろしくない。
壁に着けた握り拳の力を強めるのを見ると、東江はそれ以上追求出来ないと判断したようで静かに俯く。
これをいい事に背を向けて歩きだした小峰には、「まだ明日があるし」という東江の呟きは届かない。

 翌日の朝。寮の自室、三〇四号室の共有スペース−リビング−へと足を運んだ小峰。だが直後、後ろ手に閉めたドアを再び開いてムーンウォークよろしくバックする。

「させないよ!」
−ガッ、とドアと壁の隙間に指を差し入れて同室者、東江が無理矢理体を滑り込ませてくる。
最近まで怪我を負っていたとはまるで思えないような動きだ。

「朝食作ったんだ、たまには食べようよ」
「……あー、他の子と約束してるから」
「このあいだ夜送ってくれた人?」
「知ってるなら話が早いよ」

まぁこの話は真実数パーセントの嘘なのであるが。
つい先日、むしゃくしゃした勢いでちょっとしたつまみ食いをしたのは確かではあるが、恐らく東江の考えているものとは異なる。
しかし丁寧に教える義理もないもので、小峰は黙っているのだ。

「じゃあ、僕にも紹介して」
「はぁ?なんで」
「同室者だし、挨拶したいから」
「意味不明なんだけど。ただ同室ってだけで」

ため息混じりに鞄を乱暴に掴んで玄関ドアまで一直線。
耳に届く軽やかな足音は、聞こえないフリ−出来る筈もなく。

「ついてくんなっての!」
「意味不明ってだけで、駄目とは言われてないから」
「それ屁理屈って言うんだけど!」

とは言え事実−完全に否定しきれない自分がいて、そこになおさらいらいらさせられる。
なっちゃんは、東江は、一体どんな性格だったか。
今まで彼のどんな所を見てきていたのか、はたまた自分の事ばかりできちんと見ようとしてこなかったのか。
小峰は困惑せずにはいられなかった。

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あきゅろす。
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