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オレンジ信号機
4−5
 だって彼は、東江にあんな事を言ったのだ。
騙していた。嘘をついていた。数ヶ月共にした事すら何も感じていないと宣言したのだ。
腹の読めない人物だとは思っていたが、今度ばかりは感謝するしかないと思った。

「ってかさ、そんな事より夏夫、痛くないか?」
腫れ物に触れるように、やんわりと手が伸びてくる。向かいからふわりと頬にあたる吐息で頬の傷が震えてしまう。

「顔がちょっと目立つくらいでそんなには。あんまりぶたれてないよ、ほとんど罵声?だけだった……し」
「本当に?」
「まじだよ!もう、ヨースケは心配性なんだから……はは、」
東江の渇いた笑いだけが教室内にこだまする。目の前の平井はさながら尋問をする刑事のようで、その視線から逃れられない分先ほどより質が悪い気もする。

「ヨースケは悪意がない分僕を試そうとしてくるよね」
「え〜?悪意100%だけどなぁ俺」

頬と鼻先にそっと触れる指がくすぐったい。
ひとしきり東江を触診した平井は、ふ、とその場にしゃがみこんだ。

「え、な、何してんの」
「え、おんぶしてやろうかと思って」
「高校生にもなって!?そこまでのケガじゃないって」
「なんだぁ、夏夫はお姫様だっこが良かったんだな」
「言質は取らせないよ!」

平井が転校してきてから、随分ぶりにこんな穏やかな時間が流れているような気がする。
しかしそれは直前までの事があったからこそのギャップだと言うのだが。
そしてこの事態の一員に内原と平井がいると言う事には三者とも気がついていたが、誰ともなく言わずにいた。

 それから東江が全快するまで丁度二週間と少し。
洗面台で顔を二度見する。頬よし、額よし。髪の毛は−あの後、学園付属のヘアサロンで短く整えられていた。

「エリートは身だしなみにも気を使わないといけないんだから全く大変ですよねって」
それのおかげでザンギリ頭から難を逃れたので何も言えないのだが。
そんな一人言を堂々と告げようとも、室内に返事をしてくれる同室者はいない。
あれから小峰は、タイミングを見計らっているかのように顔を合わせようとはしなかった。
生活音はするのだから、帰ってきてはいるようで、東江がその時に合わせて部屋を出れば会えない事はないのだ。
玄関先で、可愛らしい少年らしい声と一緒にいるのを何度か聞いた頃、それもやめようかと思ったが。

 「おっと夏夫〜!もう登校出来るんだな」
「うん、心配かけてごめんね」
「俺はお前が休んでた分の成績が心配だよ」
「それは大丈夫」

東江は鞄から一冊のノートを取り出す。右端に“返さなくていい。内原”と記されたそれは、この数日間の遅れを取り戻せるようにと彼がポストに入れておいてくれたらしい。

「そんなのなくても夏夫なら余裕じゃねーの〜」
「そんな事言ってたらテストの勉強見てあげないけど」
「うわぁアガリエ様どうかご勘弁をー!!」

それにしても、と東江はため息をつく。
何が嘘で何が本当か分からない偽物の幼なじみと、
自分を追いかけてまで転校してきてくれた親友と、
ずっと隠したまま会っていた、初恋の相手と。

“彼”に聞かなければいけない事がある、と東江は思っていた。

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