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オレンジ信号機
1ー2
 古いおとぎ話を始めるなら、昔々の事だったと冒頭につけるのが筋であろうか。
10年にも満たない思い出話にも有効なのであれば、これはそういう事だ。
勇敢に戦う王子様もいない、毒リンゴをかじったお姫様も、塔の上の孤独な女性もいない、いじわるな魔女すら出てこない穏やかな昔話は、東江夏夫にとってかけがえのない日々だった。

 ある事情があって、実の両親の元を一年間離れる事になった夏夫、五歳の春。
彼は名前も知らない土地の祖父母へと、預けられる運びとなった。
まるで生まれた時から一緒に暮らしていたかのように優しくしてくれる家族。
その存在に、夏夫がつかの間の安寧を覚えた頃の事。

「ナツ、そろそろ外で遊んできなさい」
祖母は水筒を手渡しながらそっと背中をおしてくる。
しかしそれは、友人を作らなければならないという試練に他ならなかった。

「う、でも……」
「心配しなさんな。お友達がもう待っとるよ」

諭すみたいに声をかけられて、思わず窓の外へ目をやる。
するとどうだろう。塀の向こう側に、数人の人影が見えるではないか。

「おばあちゃん、ぼく、いってみる!」

水筒を受け取って、頑張って笑ってみせる。
が、いざ目の前に見知らぬ顔が揃ってしまうと、緊張が勝ってしまうのだった。

 「なつお、です……よろしくね」
長い長い沈黙の後、ようやく口を開いた夏夫に、炎天下の少年達は明るく返事をする。

「おう!オレはリュウジ!」
「ボクはゲンっていうんだ」

まくし立てるように一気に紹介され、うんうんと頷きながら夏夫は覚えようとする。
最後の最後。一際背の高い少年の番になるが、彼はボールをこちらに向けるだけだ。

「あそんでたらそのうち、おぼえるだろ」
そう言って、頭をくしゃりと軽く撫でられる。
きっと彼は、夏夫の頭がパンク寸前だと、分かっていたのだ。

その証拠に、ドッヂボールの最中彼はちゃんと自己紹介してくれたのだから。
−俺の事はうっちゃんとでも呼んで。
その何気ない優しさに、夏夫は一瞬でガチガチに固まっていた氷が打ち解ける音がしたような気がした。

 これが、『なっちゃんとうっちゃん』の始まり。
リーダー格のうっちゃんを始め、気のおけない幼なじみ達は、夏夫を期待のルーキーとして受け入れてくれた。

それからと言うもの、本当に飽きる事なく遊び続けた。
晴れの日は、ボール遊び、鬼ごっこ、だるまさんがころんだ。
雨であれば、室内でボードゲーム、かくれんぼ。
それから、秘密基地の構成を考える事もあった。

「うっちゃん、それはなぁに?」
「これはおれせんようの、ひみつきちだ」
「たのしそう!ぼくもみたい!」
「なら、おれたちのひみつきちにしよう」

いいの?と夏夫がきけば、いつだって彼は笑って頭を撫でるだけだった。
同じ年である筈なのに、いつだって弟のような扱いで。
それが少しだけ悔しくて、約束の期間が近づくにつれて、焦りへと変わっていくのだった。

「ナツ、もうすぐお母さん達が迎えにくるよ」
「うん……わかってる」


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あきゅろす。
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