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オレンジ信号機
3−4
 東江は実の所数学が得意で巨大数に興味があるお年頃だったりするのだが、そんな訳で現代文の授業は退屈だった。
小テスト、小テスト、ひとつ飛ばして中間試験。
そんなイメージが抜けきらないせいだろうか。
授業終わりを告げるチャイムを耳にするや否や完全に脱力してしまうのも無理はない。
教科書を鞄にしまいこんでいる平井は特に何かをしてる様子もなく、一人きりだ。
先ほど頼まれた事を実行しようとした、その時だった。

「ねぇ、東江君いますか?」
「あ、小峰君−」

同室者の声がして、ぎくりと背筋がひきつる。
こういうのを何と言うのだったか。きゅうそねこをかむ……違う、蛇に睨まれた蛙か?

慌てて体裁を取り繕った東江は、平井の席へと向かっていた足を180度回転させて、教室の入り口へと顔を向けた。

「−たまには一緒に帰ろうよ。話したい事もあるし……ね?」

有無を言わせないその言葉のためか、それとも東江の意志が弱いからか。
頷いてその腕に近寄る東江は、これからどうしようかとそればかりが頭をちらついていた。

 「うっちゃんは、いつから学校にいるの?」
「ボクは中等部からだよ」

体育委員だったんだと朗らかに微笑む姿は愛らしい。
確かにかつての幼い頃は外で遊ぶのが好きだったから、体格も大きい分様になっただろう。

−でも確か平井は“初等部から通ってるらしい”と言っていたような……。

一瞬芽生えた違和感は、すぐに本人の言葉でかき消される。

「なっちゃんがいなくなって、ボクずっと寂しかったんだよ」
「あ、う……その、ごめん」
「どうして何も言わずにいなくなっちゃったの?」
「何もって、秘密基地で話したじゃないか」
「秘密基地って、何の事?」

夏夫という存在は覚えているのに、秘密基地の事を覚えていない。
それどころか、たった今初めて聞いたかのような口振りだ。

「まぁ続きは部屋でゆっくりしようか」
小峰がドアを開けて、力なく背中を押してくる。
心なしか焦っているようにも見えるその表情の後ろで、東江は我が目を疑った。

玄関ドアの左横に、縦に二つ並んだネームプレート。
気にした事はなかったが、全ての違和感に決着をつける術がここにあった。

「君はうっちゃんじゃない……」

それはまるで、パズルのピースが当てはめられていくように。
脳内で、誰かの姿が形作られていく。

「今更幼なじみを疑うの?じゃあボクは誰だって言うの」
「いや、君も確かに幼なじみなんだけど……」

東江はプレートの文字と記憶の中のその姿を重ねて、整合性を高める。
あまり直接話した事はなかったが、確かに遊んだ少年達の中に“彼”はいた。

「君は……ゲン君なんだね」

絞り出すような声でようやく告げた東江だったが、眼前の同居人は、動揺する様子もなく。

「なぁんだ、ばれちゃったの」
ひどくつまらなそうにため息を吐いて、東江の背中を再度押した。

「じゃあ改めて自己紹介。小峰弦です」
「知ってる」

小峰の背中の後ろで、玄関のドアが音もたてずに閉まる。
信頼していた同室者のはずなのに、今は誰かに助けて欲しいと思った。

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