オレンジ信号機 3−2 東江は全くと断言できる程一ミリも睡眠を得る事が出来なかった。 初恋の人に操をたてるなどと言うちょっとしたイタい性格をしているので、告白などは元来された事がなかったのだ。 (するような突飛な人もいないって) こんな自分じゃあ駄目だから。 自嘲気味に思ってはみるものの壁を一枚隔てた向こう側の同室者ははっきりと好意を示したのだ。 心臓に悪いったらありゃしない。 小峰の朝は遅い。 起きあがって朝食を軽く済ませれば、遅刻寸前のギリギリに部屋を出る。 出来るだけタイミングをずらしたかった東江は、小峰がまだ夢の世界へいる早朝に部屋を飛び出した。 (うっちゃんと違うクラスで良かった。面と向かって、にやけない自信がない) 中庭をつっきった所で、はかったように平井がドアを開けるのが見えた。 思わず、猪突猛進にかけよった。 「ソコに見えるは夏夫殿、こんな早くにどうしたんでおじゃるか?」 「ヨースケが見えたから、つい」 「何それ、お前忠犬かよ!」 犬は昨夜の小峰だ。 ふと回想しかけて、表情筋がゆるみかける。 慌てて俯くと、平井は怪しげな目線で頬をつついてきた。 「そんな複雑そうな表情で察してチャンしたって、俺は聞いてあげないからな〜?」 「いいよ、言うつもりもないし」 「そうだよな〜昔からお前はそういう奴だったよ」 お母さん悲しい。 誰がお母さんだ。 そんな他愛もない話をしながら、二人自然に並んで歩きだす。 「でもさ、本当何かあったら言えよ?頼りにされなきゃ転校した意味がない」 「頼りにしてるよ?」 「……うそつき」 風に混じって消えてしまいそうな小さな声で平井が言うものだから、つい聞き逃してしまった。 次に東江が尋ねた所で、彼は笑ってお茶を濁してしまうだろう。 「っていうかその為に転校したの!?」 「んな訳ないじゃん。冗談に決まってるでおじゃろう?」 「なんなのさっきからその麿呂口調は……」 平井は東江の反応では納得がいかない様子で、ポケットに手をつっこんでいる。 なんだか、わざとらしい悪ぶった姿勢だが、妙に様になっていた。 「そういえばヨースケ、よくここの編入試験受かったね」 平井洋介は、器用さで言えばそれこそ東江の知る誰よりもある。 しかし、本気にならないが故に、成績はいつも下の下なのだ。 「それはアレよ……」 平井は人差し指と親指で輪を作る。 いわゆる“お金の力”を指すハンドサインだ。 「うわっ汚いやり方」 「何とでも言え。使えるものならなんでも使ってやる」 あまりにも真に迫った表情だった。 地雷を踏んでいるような気配が何ともなくしていて、東江は話を反らそうと思考を巡らせる。 「そう言えば、生徒会の皆さんとはどうい知り合いで−」 「それ今じゃないと駄目なん?」 一刀両断。 まさにこの言葉がぴったり当てはまる程の打ち切りようだ。 一瞬で、先ほどのまるで地雷原を歩いているかのような感覚が蘇ってきた。 「一体何の話をすればいいのか……」 「うっちゃんとかの話すれば」 この親友、自ら地雷を踏み抜いてくるのである。 東江からその話題を持ってくれば不機嫌になるというのに、一体どういう風の吹き回しなのか。 [*前へ][次へ#] [戻る] |