オレンジ信号機
1ー1
たった一言で表すならば、それは間違いなく『豪華』だった。
たかが寮の入り口だとしてもここは名門男子校の門の一つだ。
様々なエリートがこぞって入学する全寮制の学園。
たかが門を見るだけで畏怖してしまうような人物はそもそもふさわしくない。
堂々と出入り出来るようでなければ、生徒を名乗ってはいけないのだ。
だから東江夏夫は、受験という難関をくぐり抜け正式に生徒となった現在でさえも、戦々恐々で寮と校舎を行き来していた。
“こんな事でいちいちうろたえてたら、決意が揺らぐんじゃない?”
頭の中で、ここにはいない親友がささやいてくる。
もしかしたら違うかも知れないが、きっとこう言うに違いない。
そしてそれをはっきり否定出来そうにない自分が、東江は嫌だった。
(早く、会いたいな。うっちゃんに)
教科書のあまり入っていない鞄が重く感じるのは、その検討が未だついていないせいか。
寮の扉をくぐり抜けて、一流ホテルのエントランスよろしいきらびやかなロビーまで直進。
相変わらずお金をかける所を間違っていると眺めながらそのまま左へ曲がって、エレベーターで11階を選択する。
ほとんど音のしないカゴの中で一人目を瞑れば、一瞬で鮮明な景色が浮かんだ。
幼なじみである少年と、二人だけの秘密基地を完成させた、あの遠い日。
『ぼく、とおくにいくんだ』
勇気を出して伝えると、目の前の少年はうつむいてしまう。
『なっちゃん、が、いなくなるなんて……』
外で遊んだせいか、小麦色の肌が似合う、かっこいい少年だった。
『うっちゃん、ぼくさみしいよ……』
そう言った東江の額には、彼からの優しいキスが落とされて。
ああ、この気持ちは片思いじゃないのだと安心した事を覚えている。
『それならさ、なっちゃん。おれと−』
そこから先、彼は一体なんと言ったのだろうか。
続きを知る事、この初恋に決着をつける為だけに、東江はこの学校へ来たのだ。
−ここに、うっちゃんがいるらしい。
そんな不確かな理由だけで。
他人から見れば、それは不純極まりない事かも知れない。
「でも僕、家族に迷惑かけない為に特待生になったんだし」
誰もいないエレベーターの中だからこそ、小声で愚痴も言えるもので。
自分の部屋についてしまえば、同室者に聞かれてしまう可能性がなきにしもあらずだからだ。
部屋のドアを開けると、共有リビングではいつもの笑顔で彼が手を上げる。
「おかえり、なっちゃん」
「ただいま……うっちゃん」
その手に自らの手のひらを寄り添わせて、そっと笑いかけてみせる。
−穏やかな時間が流れる中、東江は想像だにしていなかった。
この学園を選んだ事が、何もかもの間違いであったと言う事を。
“俺に助けを求めてよ”
“アイツにだけは近づくな”
“うそつき”
“今度は遠くに行かないで”
“約束する。僕は君のそばにずっと−”
これは、本当にただの初恋だったのか?
たった一言で表すならば、それは間違いなく。
実らないと言われている、あの初恋だった。
Episode1 矢印灯器は止まらない
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