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Sainen

 「フユキ、そろそろ今月の買い出しに行かなくていいのか?」
彼の生活すべてを把握しているオレには、計画を立てる事など造作もない事だった。

フユキには家族らしきものがいない。だからこそ、買い物などには行っている暇もなく、タイミングを見計らって一気に買い込まなければならないのだ。

町中で遭遇し、荷物を運んでやった事があるから、それなりに信用されているに違いない。

「あー……確かに、もうトイレットペーパーがないんでした」
それから食事も心配ですし、そろそろ冬になるなら服もですよね……遠い目をしながら、フユキは数えていく。

そうだ。それでいい。あとはオレが、スタートさせるだけだ。

「それならオレ、この門で見張りしてるから行ってこいよ」
「えっ……」

わずかに瞬きを増やして、フユキは思案へと移る。駄目か、と諦めかけたその瞬間の事だった。

「じゃあ、1時間だけ……いいですか?」
まさかここまで予想通りにうまく行くとは。

軽く笑ってブイサインを見せると、今度こそ安心出来たのかフユキは財布を片手にそそくさと出ていく。

さぁ、ここからが“南波ヤスアキ”の最後の大仕事だ。

 門から真っ直ぐに玄関まで突き進み、長い長い廊下を一巡り。
途中、罠のような珍妙なドアをいくつか見つけながら、ゆとりをもってたどり着いたそこは、準和風の屋敷にはとても似つかわしくない重厚なドアだった。

 ドアを破壊し、なんともあっさりと中へと侵入する。
こんなものの為にフユキが苦しめられてきたのかと思えばこのまま一緒に荒らしてしまいたくもなったが、ボスの言葉に今度こそ報いるため、そしてこれこそがなければ出会う事もなかったのだと思えば、なんとか踏みとどまる事が出来た。

部屋の中央にぽつねんと置かれていたそれは、なるほど使う相手によっては何にでも、いっそ脅威にもなりえる物だった。

おもむろに掴み、慎重な心構えで運び出す。
彼が帰ってくる前に。

きっとフユキは、こんな事をするオレに幻滅するだろう。そして受け入れがたく、許しはしない筈だ。

それでもオレに選べる道はこれだけなのだ。
もしこの声が届かなくなるのならば、全身全霊で贖罪し続ける覚悟だった。

 そんな気持ちでいたから。この事態が心底フユキを傷つける事だとは、オレには想像がまだまだ足りなかった。

言い訳をするなら、奪ってばかりの人生で、奪われる側の気持ちなど考えてはこなかったのだ。当たり前の、罪だ。

「フユキ、おい待てよっ……!」

だから、ここにきて初めてオレは、自分の物と認識していた物を盗られる感覚を味わう事になった。

アジトへ任務を完遂し、あの門まで全力で走って戻って、それでも一歩届かず目の前でいなくなっていくその刹那の話。

(今までオレは、こんな感情を与えてたって言うのかよ)

唯一になれたはずのオレではない、別の世界を、彼は選び取ってしまったのだ。
呼吸は落ち着いていくというのに、頭の中は処理が追いつかない。
こんなのは、きっと心臓を一突きされたような、地獄の辛酸よりも辛い。

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あきゅろす。
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