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Sainen

 しかし、どんなに楽しい日々もいつか終止符が打たれる時がくるもので。

「サーセン、ヤっさん。俺にもこれ以上は……フォロー出来ないっス」

オレの元に死刑宣告へ現れたのは、予想に反する事もなくキヨだった。恐らく、オレの知らないところで上手く誤魔化してくれていたのだろう。

数ヶ月ぶりにボスの部屋へと通される事になったはいいものの、道中の視線は生きた心地がしなかった。

−隠しきれない裏切り者という目と、これから罰を受ける事への同情、それから自分はそうはならないという決心−
耳をすませなくともひそめて話す声が届きそうなほどの威圧感に、めまいすら覚えそうだ。

「キヨ、こっからは一人で行ける」

目で制するように周囲を一瞥する。しん、と静まり返った大理石の上に、オレの歩くブーツの音だけがむなしく響いていった。

 「よぉヤスアキの坊ちゃんよぉ。ここに呼ばれた意味は分かってんだろうなぁ?」
「……確かに。しかし弁明をさせていただくなら、任務の一環かと」

差し出がましくも反論をするオレに、当たり前だと言わんばかりにボスは机を手のひらで叩く。

「楽しくイチャついて給料貰えるんならこんな楽は事はねぇってか!?」
「目標は着実に落とせます。数日中にでも例の物を、」
「そんなのは分かってんだよ。でもなヤス。それじゃあ他のヤツらに示しがつかないって事はお前にも分かるよなぁ?」
「……」

高圧ながらに、言葉の端からはオレの気持ちを汲んでいる事が伝わってくる。
キヨの尽力のおかげだろうか、否、ボスはいつだって家族の事を考えて、自分の願望を二の次三の次にしてしまえるような性格なのだ。
だからこそ、オレにもボスの言いたい事は痛いほど分かる。

「ヤスアキ、テメェ、筋通せよ」
「……穫ってこい、という事ですか」

机から大きく体を反らせて、背もたれの長い椅子へと深々と舞い戻ったボスは長いため息を吐く。
言葉を選んで、しかし表現する術がないといった様子だ。

 再びようやく口を開いたかと思えば、ボスは手招くように目線を寄越す。
足音を立てずに忍び寄ったオレに、ボスは極限まで細めた声で言う。

「ヤスはさ、今までよくやってくれてたよな。オレもキヨも絶対的な信頼してるしよ。だから、もういいと思うんだ」

その言葉は、いつの日にかオレが抱えた『不安』のそのものだった。

ボスが、オレを、必要としなくなる。

しかし今日の言葉は、そんな悲しい言葉でもなかったらしい。

「あの書斎を明かすことが出来れば、お前を南波から解放する」
「願望が叶うのだから、もう、オレは要らないですもんね」
「違ぇよ。よく聞け」

しびれを切らしたボスが、オレの耳たぶを無理矢理ひっぱって聴かせようとしてくる。
お気に入りのサングラスが衝撃で床まで飛ばされた。

「お前をただのヤスアキに戻してやるから、お前もあの少年を解放してやれ」

裏切ったと思われる程心を砕くならば、世界から助けてやるべきだ。
ボスの発言は、いつだって家族を思いやっている。
これは父親であり兄である彼からの、最後の優しさだった。

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あきゅろす。
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