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Sainen

 思った以上に悪くない生活に、さらに彩りが増えた。
西森フユキの家に通う事に味をしめたオレは、一目惚れ以上に熱意を注ぐ事になる。

彼は少々世間知らずな所があって、それがこの国に時々なじめない自分と合っている気がして、シンパシーめいた事を感じることもあったせいだろうか。

 例えばそれは雨の昼頃。土砂降りに赤いコートが濡れるのが嫌だからと脱いでいたオレに、フユキは苦笑いでタオルを貸してくれた事があった。

「この悪天候に傘ナシなんて、正気ですか」
「うるせい。いつもは折りたたみ持ち歩いてんの」

タオルでコートの露を払うと、まずは髪の毛でしょう、と注意をされる。
慌てて頭に触れようとすると、いよいよ笑われてしまう。
こういう時、どちらが年上なのかが分からなくなるのが恥ずかしい。

「でもよ、今時番傘愛用してるヤツなんてそうそういねぇぞ?」
「そうですかね……」

あまり外に出ないのだから、流行に疎いとかの問題ではないのかも知れない。

「でもアレは大きいし便利なんですよ」

環境が育てた淡々とした負けず嫌いは、自分の性質とも馬が合う。

「じゃあ今度相合い傘しようぜ、オレが持ってやるよ」
「っ結構、です」

連れないな。そうは言ってもフユキだって満更でもないらしい。
徐々に会う時間が長引いていくにつれて、お互いに言葉を交わした事はなくとも同等かそれ以上に想われている自覚はあった。

 気まぐれに彼の味方をする事もあった。
自らを正義と称する保護団体は、言葉こそ柔らかいものの見ていて危なっかしい。

だからこそ遠巻きに眺めておいて、タイミングを見計らって投石をしたのが最初だった。
門を一枚隔てた向こうから、フユキは複雑そうな顔でこちらを見つめてくる。

この瞬間ばかりは、彼も自分の置かれている状況など忘れてオレの事だけを考えている。

それがどうしようもなく嬉しくて、戸惑う表情をさせるためにわざと助けていた。
勝手知ったる単独行動。曲がりなりにも組織に属しているのだから、そんな存在が良く思われるはずがない。

しかしそれでも、最終的にはあの書斎へたどり着くのがオレならば。

その課程で彼の唯一になりたいと思うのは、いけない事だとは思わなかった。

 なけなしの給料をはたいて、ドーナツ屋へフユキを誘うのがオレのささやかな幸せだった。
あまり甘いものが好きではないと言いながらしぶしぶつき合ってくれる彼のなんと可愛い事か。

「甘いのばっか食べてると、いつかコートパツパツになりますよ」
「フユキの好みじゃなくなるのは困るな」
「い、今だって好みじゃないですからね」

ブラックコーヒーと山のようなドーナツを前に、どこかほっとしたような、安心した姿を見せてくれる。

「でも南波さんが食べてるのを見ると、おれも好きになれそうな気がします」
「なぁに、やっとオレの良さが分かった?」
「ドーナツの話ですってば!」

オレの頭の中に閉じこめられていた記憶たちは、そんなたわいもない、大切なものたちばかりだった。

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あきゅろす。
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