Sainen
5
オレは今、一体何をしていたんだっけか。
夢の終わりはいつも唐突で、何かの拍子に頭が一気に覚醒へと引き戻される。
それが名残り惜しいような、これでいいような。今脳裏に映っていた全てはオレ自身の過去に違いないのだから、悪い気はしなかった。
いつの間にここまで自分の足で移動してきたのか全く記憶にないが、人の気配が微塵もない夜の街中。
腰を降ろしていたのはもはやオレの定位置となってしまったベンチ。
湿気で黒ずんだ木造のそれは、年期を感じさせている。
一度に色々と思い出が呼び起こされたせいだろうか。
手を握っては開いて、指を一折りふた折り……。
困惑する頭を落ち着かせるために無意味な動きを繰り返して、ようやくオレはらしさを取り戻し始めた。
こうして思い出してみればボスは、本当の意味では父親ではなかったような気がする。
年もそこまで老いている様子でもなく、口調もくだけていた。
「どっちかってーとアニキみてぇだな」
軽く笑うつもりだったのに。口から出たのはしみじみと落ち込んだ言葉だ。
目頭がつんと熱くなって、しかし手をやっても涙が出てくる訳でもない。
その代わり、大きくため息を吐き出して、そのまま新しい空気を吸い込む事にする。
(でもオレがやっている事は、生きていた時の焼き直しみてぇなもんなんだろうな)
だが、それでもいくらかは、何もしないままよりは冷静になれる。
オレがここまで取り戻した限りでは、ボスの願いは完遂されていなかったように思える。
それならば、これからの部分−まだ、オレは終わる時の前までは完全には思い出せているとは言えない。
だからこそ、ここから先は、本当の意味で掴みたかった想いなのかも知れない。
今一度瞼を伏せて、その向こう側にちらつく姿をはっきりとさせる。
一瞬だけ見せた、あの強い輝き。
「初めてだったんだ、あんなの」
ボスとだって、キヨと知り合った時だってこんな感覚に陥った事はなかった。
まさに青天の霹靂。脳髄に電撃が落とされたかのような気持ちにさせられる物が、あの少年にはあった。
下手すれば両手の指の数ほど年齢が離れているのではないかというくらいの幼さが見えるというのに、突然石を投げてきたオレにも臆する事なく声をかける肝のすわり様。
いかに彼が日常のそれとはかけ離れた世界を生きているかを物語っていた。
今現在、互いに記憶を取り戻そうと提案してくれたフユキは、淡々としてはいるものの、目は年相応のそれなりの明るさがあって。
そうして、オレの事ばかり応援しようとしてくれて。
(……覚えていないからこそ、だったんだな)
だからこそ、オレの側にいようとしてくれたのだ、きっと。
それなら今は、あの表情は再び濁ってしまっているのかも知れない。
しかしそれでもオレは、今一度夢を見たいと目を瞑るのだった。
記憶がないままでも、どこか惹かれるものを感じていた少年。
きっと彼とは、筆舌に尽くしがたい思い出にあったような気がするんだ。
「今度こそ、オレはお前との記憶を思い出したいんだよ、フユキ」
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