Sainen
3
願いを叶えた後の人間がどうなるか知っているか?
答えはノーだ。少なくともこれから回想するであろう事はオレが経験した一つで、それがその他の全ての人間に当てはまるという訳ではないからだ。
だからこれは、オレの場合。南波ヤスアキの始まりの物語だ。
墓参りを終えたオレを、組織は本当に暖かく出迎えてくれた。
なるほど、このボスにしてこの部下ありという事か、皆堅い忠誠心を誓っており、上自身も、そんな者達のために尽力するという連携が取れていた。
オレがこの優しい血の繋がらない一族の為に出来る事は何かと考える。
自分も同じ忠実な者の一人になる、それならば生かせる力を磨くべきだと気づかされた。
オレはかつて自分の国にいた頃は、頭上や死角をついた投石で物を奪うといった事をしていた。
ボスは物取りは嫌いだ。それなら、もう一つを伸ばせばいい。
そうしてオレは、ボスの右腕とも呼ばれる第一部隊に配属される事になった。
主な仕事と言えば、上の指示に従う事。回りくどい表現をやめるならば、邪魔者を全て排除する係。
ボスも一人の人間で、彼にも叶えたい願いが一つあった。
彼が組織と称される一族を作り上げたのも、自分の手助けをしてくれる家族を増やすためのものだった。
(……でもそれが、簡単には手の届かないようなものなんだよな)
近いようでオレにとっては遠い存在だからこそ、その野望の果てをかいま見る事は出来ない。
その代わりに、出来る事頼まれる事は全てこなす心づもりだ。
“願いを叶える”という事象があれば例えそれが都市伝説レベルにあり得ない事だとしても、首をつっこみ足をつっこみ。
山奥の秘境で百日間祈り通し、というもはや宗教じみた事もしたし、引き寄せの法則など試せる事はオレ以外の人物が実践していた。
仲間というべきか恥ずかしい気持ちを押さえて表現するとオレは家族にも恵まれた。
学生時代に弓道部に所属し、遠距離なら何でもお任せあれと豪語するキヨ。
投石を得意とするオレとこいつはヤスキヨコンビを組んで遠巻きからの先制攻撃をよくしている。
髪の色を染めようと思ったのもこの頃で、“南波”の証である真っ赤なコートに似合うようにとキヨが勧めてくれたのが鮮やかなガーベラ色だ。
見た目が珍しくなっていくにつれて、オレはどんどん自分らしいという事を知っていくようになる。
生まれた頃や幼い時からは想像も出来ないような多幸感。
普通に暮らしていればありえないセンスと疑われそうな黄色いサングラスも、ボスを始め家族は『それがヤスアキだ』と受け入れてくれるのだ。
しかし、いつの頃だろうか。オレの中にある種の不安のようなものが浮かんでは消えるようになっていく。
(……ボスが願いを叶えたら、オレは一体どうなるんだろうか)
この家族は、仲間は、夢幻と消えてしまうのではないだろうか。
もしかしたらこの時、すでに歯車は狂い初めていたのかも知れない。
一度坂道を転がり出したら、もう止まる事はないのだから。
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