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Sainen

 その国の人間が来る、という噂をくれたのは情報を売りにしている男だった。

対価はスリで盗ったタバコ1ケース。
ライターすら見かける事のほとんどないこの場所では、時折もの好きな旅行者が話のタネにでもするのか気軽に遊びにくる事があって。

そういう人物を狙っているのが、オレのような若者共だった。

「タバコは人気が高いからな、もっと教えてやるよ」

気を許したのか、男はメモのような物を手渡してくる。

決戦は夜が三回訪れた後。その次の朝に、ナンバという旅行者がよりにもよって一人で案内されてくるようだ。
現地ガイドを買収し、それとないタイミングで人気のない場所まで連れてくるように指示してしまえば、あとはこちらの手の内だ。

(今までだって死線をくぐり抜けてきたんだ。今更一人の人間に、マシてやただの旅行者に負ける筈がねぇ)

オレは今というまたとないチャンスを逃す訳にはいかないのだ。
その日その時その瞬間を迎えるまで、オレは生きた心地しかしなかった。

 軽くタップを二回踏んで、それから手を上に。ガイドが指示通りの動きをしたら、オレは頭上から飛びかかる−算段だった。
誤算が発生したのは、その旅行者がただの人間じゃなかったという事だろうか。

「まさかこの私をハメようって外国人がいるとはな」
世界が一周した。否、オレの視界が回転した?

気がついた時には、すでにオレの全身は地面に無遠慮に叩きつけられていた。
背中を踏みつけられ、有無も言わせずみじろぎ一つ叶わない。

「目的はなんだ?カネか?ああもしかして言ってる事分からないか?−」
「−知ってる。カネは要らない。オレの望みはただ一つだ」
「望みィ?なら頼み方ってモンがあんだろうが」

無理矢理首を持ち上げられ、体ごと急浮上させられる。

(コイツ、小柄なクセに力が強ェ……!)
しかし、ここで怯んではこれまでが全て無駄になる。
いっそここで命を落とすくらいの覚悟で、オレは相手を睨んだ。

「ッお前の、祖国へ、連れていけ」
「それがテメェにこの言語を教えたヤツの言い方か?」
「連れて行って下さいオネガイシマス」

首にかかる手の力が強まって、意識まるごと持っていかれそうになる。
目を閉じてはいけないと思いながら相手から瞳を反らさずにいると、ニヤリとあがった口角が映った。

 そうしてオレは、“南波一族”の養子として母の故郷である国へ渡る事となった。名前は、元々のヤス・アキという呼び名を捩ったものにした。

(ヤスは母がくれた名前で、アキが使っていた偽名なのはここだけの話だ)

ボス−南波さんは、予想以上にオレの境遇に心を砕いてくれていたらしく、母親の事も探し出してくれた。

結局、面と向かって会話をする事は一度も無かったのだが、それでも線香を手向ける事出来た事、彼女が愛した世界を見る事が叶った事はオレの人生で一番嬉しい記憶に違いなかった。

かつて自分が裸足で踏み荒らした草花も−この地でならば穏やかに向き合う事が出来るのだ。

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