[携帯モード] [URL送信]

Sainen

 フユキに背を向けて、どこへ行くあてもなく進んでいく。
放射冷却で空気すら凍えそうなほど薄暗く、どこからどう見ても寒そうだというのに、指先は赤らむ事もなく、ただ何も感じる事はない。

夕日も落ちて完全に人っ子一人気配を消している歩道の上にいると、風が自分の体を通り抜けていくような急激な孤独感を感じてしまうのは何故だろうか。

「なんかおかしいと思う、っつーか当たり前か……」

わざとらしく踵を叩きつけて地団太を踏む。
自分自身の中で、確かに地面に触れている感覚はあるというのに、そこそこ底の厚いブーツだって音を響かせてはくれなかった。

(……感情に任せて言うべきじゃなかった。オレは大人なんだから、もっと考えてからアイツに説明するべきだったんじゃないのか)

しかし理性的に見ても、オレだって一人の人間だった。
自分がもうその生を終えていると言われても、そうですかと事実を受け入れられる程齢を重ねてはいないのだ。

 「それにしても、改めて一人で過ごすのって、結構寂しいもんだな」

ふと目を瞑ってみれば、何か遠い思い出が浮かびあがってきそうだ。
オレはきっと元来は一人で生きられるような人間ではなかったか。

でもいつの間にか、否、ある人に出会ってから……。

墨汁をこぼすように視界が狭まっていく。目を閉じているのか開いたままのかすらあやふやなままで、何かに掴まるように意識を手放す。

 次に意識が覚醒した時。目の前に広がった光景は、荒廃した町並みだった。

息をするだけでほこりで肺が冒される気がするが、深呼吸をすればする程、自分のおかれていた状況を思い出す事が出来た。

道ばたで震える子供。泥水をすする大人。弱肉強食が大前提の世界では、誰しもが心に鬼を飼わなければならなかった。
オレも、食糧へと手を伸ばす一員に混じ入り奪い合う。
裸足で土を蹴ると、足下の名もない花は簡単にひしゃげていった。

 物心ついた頃、オレにはすでに家族というものはいなかった。
遠い血族だという存在が面倒を見てくれてはいたが、働かざるもの食うべからずの時代だ。一日の糧を自分で採ってくる事が出来なければすぐ隣にいまわの際が待っていた。

ぼろ雑巾同然のタンクトップを着用して、どうしてオレばかりこんな目に合わなければならないのだと苦しむ時もあった。

だがしかし、当時のオレは叶えたい願いがあって、その為ならどんな事だって我慢出来ると思っていたのだ。

『ヤス、いつか貴方にも私の郷里を見せてあげたいわ』

幼心ですら不明瞭な記憶の中で、ふんわりと笑ってくれたそれは紛れもなく母の声で。
オレが話せる二つの国の言葉のうち、現在居る場所ではない言語。

(……オレはいつか、母さんに会いに行く)

父に離縁させられ帰って行ったというその肉親と顔を合わせる為だけ。

もしかしたら、向こうはオレに会いたくなんてないかも知れないが、それでもオレはその人と話がしたかった。
その為ならば、どんな手でも使ってやろうとすら、思っていた。

[次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!