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Sainen

 今一度目を開いて、深く深く、呼吸を整える。おれは起きている現実を直視しなければいけない。
冷や汗は絶えず流れて、南波さんも先日こんな気持ちになったのかと苦しさすら芽生えてくる。

しかし、おれは思い出さなければいけない。今度こそ。あの人よりも先に。

(この先、何があったとしても、おれは受け入れてみせる)

 回想する。あの日、あの時一瞬でも許してはいけないと思うべきだった。
そうしなかったのは、おれの完全なミス。
一度も帰ってこない父親に、この事実が明らかになったらどうなる。

修繕不可能な程限りを尽くされた廃墟同然の屋敷。
元々何もなかったかのようにぽっかりと穴の開いた書斎。
敵に気を許した使いものにならない愚息。

心はもう、とっくに限界を迎えていた。

「取り返しましょう、私達のものを」

そんなおれに、手をのばしてくるものがあった。
それは、あの書斎にあったものを保管するべきだと襲ってきていたグループの一人だ。

「私たちは手を取り合うべきです。貴方にだってもう選ぶ立場ではないのだから」
「もう……なんでもいいよ」

この自分の世界をなくす事が出来るなら。
どうしようもないおれを、必要としてくれるのなら、なんだっていい。

「西森さん、我々は貴方を歓迎いたします」

真っ白い車に乗り込んだ瞬間、おれは眠りたくなった。
何年も不安でろくに眠れない日々だったのだ。もう許される筈だ。

どこか遠くで、おれの名前を誰かが呼んでいるような気がするけれど、正直もう放っておいて欲しい。

(この日を最後に、おれと南波さんは完全に敵になったんだ)

否、本来の意味であれば元々敵であったに違いない。
しかし、今度はもう違う。

南波が何を話しかけてこようと。
おれの心の底が何かを訴えかけてこようとも。

聞きはしない。届けるつもりなど毛頭ない。
(最初に裏切ったのはあなただ)
でも、信頼しきってしまったのはおれだ。

そこにどんなゆえんがあろうとも、おれにとっては衝撃以外の何者でもなかったのだから。

神様の存在など一度くらいしか気にした事はなかったが、それでもおれは都合よく祈りたかった。

もしも、もう一度。何の因縁もなく出会いを初めからやり直せるのなら。
きっと今度こそ、あの告白を受け入れることが出来るのに。

 保管しようというグループの居心地は、一言で言えば最悪だった。
もっと最初から素直に従えば良かったのだと折檻される事もあれば、敵に心を許した野郎だと揶揄される事もあった。

しかしそれでも、あの何もない書斎を見た時の地獄のような気持ちよりは何千倍もマシだと思えてしまうのは。

おれはもう、壊れてしまったかららしい。

世界を救済に導くという名目で、与えられた鉄パイプを持って敵対する組織とぶつかる度に、どこか遠い気持ちが浮かびあがるのだ。

(……誰かに止めて欲しい、なんて。なんて図々しい願いなんだろう)

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