Sainen
7
すっかり門で彼が待っているのが普通の光景になっていて。
それをおれ自身がおかしいと思わなくなっている事自体がおかしい。
しかし、あの人とする話はどうしようもなく楽しくて、夢中になれる事を再び見つける事が出来たおれは嬉しくて仕方がなかった。
「オレ、結構花とか好きなんだよな、花言葉とかかっこよくね?」
「誕生花くらいしか、花言葉なんて聞いた事ないですけど」
「そうか?じゃあフユキの誕生花教えてやるよ」
「まさか365日覚えてるんですか!?」
おれの言葉に、自信ありげに笑ってみせる顔を見ていて、あ、好きだと思ってしまった。こちらまで笑い出したくなるような笑顔。
「9月10日ですけど、分かりますか」
「ブバルディアだな」
「ブバ……なんか音はあんま可愛げないですね」
「まぁそう言うなって。自然界には存在しない花なんだけど、この花言葉が結構いい感じなんだぞ」
そうして教えて貰ったそれは、当時のおれにとっては、何だか心を見透かされているようで恥ずかしかった。
「南波さんは、お誕生日いつなんですか?」
それは何気ない疑問だった。相手に誕生日を知られるなら、自分も教えて欲しいと思うのは当然の話。
だが南波の反応は思ったよりも思わしくなく、ポケットに手を突っ込んだまま、苦笑いで足下を見つめている。
「オレ、誕生日いつかわかんねぇんだわ」
ごめんな。そういう声色のなんともの悲しい事か。
あなたにはそんな表情は似合わない。だからおれは、ない勇気を振り絞って南波の腕をとったのだ。
「それじゃあ、おれがあなたの誕生日、決めたいです」
「なんだよそれ」
ふっと小馬鹿にしたように。それでも南波は笑ってくれた。
「明日、南波さんの誕生日祝いますから!」
「しかも明日かよ!」
いよいよ爆笑した彼に、おれがプレゼントする事にしたのは名刺ケースだった。
鮮やかな彼に似合いそうな明るい色のそれ。渡された瞬間、抱きしめるかのようにしかと握りしめた南波は、本当に嬉しそうにおれの頭を撫でた。
一緒にいる事が穏やかで。安らいで。日常の一つとなっていって。
だからこそ、おれはすっかり忘れてしまっていたんだ。
「……なに、これ、なんで」
買い出しを終えて、元の形が想像出来ないほどに破損させられた門を前におれは震えが止まらなかった。
買い物に行かなければと言ったおれに、南波は見張りをしておいてやると言ってくれた。
その彼がいない、と言うことは。
「ま、さかっ……!!」
手から滑り落ちる荷物をそのままに、慌てて家の中へと飛び込む。
人の気配をみじんにも感じないが、張りつめた空気が漂っている。
絶句しながら、書斎までたどり着いたおれの目の前に広がっていた光景は、正真正銘もぬけの空となった部屋で。
(南波さん、が、する訳……ない、訳ないよ)
あの人はいつだって、いざとなれば奪う事が出来たのだ。
そうしてこなかったのは、ボスにそう命じられてこなかったから。
絆されて浮かされて、おれは結局、生きる意味とまで思えたものを捨ててまで守らなかったものすら、手を放してしまったのだ。
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