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Sainen

 一人で暮らしていると、何かと入り用になる。
そうなってしまうと困るのが買い出しだ。おれは一月に何度か、襲撃の周期を確認しながら街へ買い出しに行く事にしていた。

掃除用品、食料、それから壊されつつある外壁を修復する道具。
抱えきれそうにない荷物を両手に持って道を歩いていると、大通りを挟んだ向こう側に見えるはあの目立つ赤とマゼンタの配色だった。

「……南波さん!」
どうして、声をかけようと思ってしまったのか。
向こうからこない限りは自分から接しない方が良いに決まっている筈なのに、思わず寄っていってしまう。

「なんだよ、その荷物」
「き、気にしないで下さい」
「いやいや、オレも持ってやるからちょっと茶しばいてこーぜ」

鼻で笑いながらも、くしゃりと頭を撫でられる。
おれはあまり髪の毛が長い方ではないから、南波の指がダイレクトに伝わる。
骨ばった大人の手のひらだ。丸めこまれてしまっていると分かっていながら、おれは南波と一緒に店に入った。

(胸焼けのするような甘い香りが、)

「たまにはこういうのも、悪くねぇだろ」
「ドーナツ……ですか。おれは甘いものはちょっと」
「じゃあコーヒーはどうだ?」
「……それなら、少しだけ」

もしかしたら、これは罠で家に戻ったらもう書斎はがらんとしているのかも知れない。

でもそうなってしまったら、おれは解放されるのではないか?

そんな最悪な思考を一瞬だけ巡らせて、おれは頭を振って否定する。

(南波さんは、そんな事をする人じゃない)

誠実な大人である彼を信用しきっていたおれは、目の前のブラックコーヒーを一口すすって落ち着く事にした。

 「オレのこの名前はボスがくれたんだけどよ、フユキっつーのは、どういう漢字をかくんだ?」
「四季の冬に、四季の季です」
「あー、トウキオリンピックの方か」

エセ外国人のような発音をしながら南波はおれの話を面白おかしく盛り上げてくれる。
おれが話をしようとするとしっかりと聞いてくれて、自分なりの考え方で返してくれるのだ。
その時間の、なんと安らぐ事か。

きっと南波も同じ気持ちになっているに違いないと思うのは、おれの思い過ごしではない筈だ。

「フユキ、さ、オレで良かったら話聞いてやるから」
言えよな。気遣うように紡ぎ出された言葉に、おれはようやくはっと顔をあげた。

「……そうですね、南波さんなら、話せそうな気がします」
目が合う。お互い、言わなくても分かっていた。

本当は敵同士だから、こんな時間はあってはならない事を。
だからこそ、もし神様がいるとしたら、今だけ目を瞑っていて欲しいと思った。

今だけだから、今日だけだから。終わったら、ちゃんと元の自分に戻るから。

 でも−とおれは一度目を開けて、がらんとした自分の部屋を見回す。南波と顔を合わせていくうち、“今日だけ”が何度も増えていくのは、当たり前の事だったのだ。
(まるでおれの方が片思いしてるみたいだったよね)

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あきゅろす。
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