Sainen
5
日を空けずにその人は再び現れた。
かと思えば、コートのように赤い顔を隠しもせず、おれに向かって石を持つ片手を伸ばして宣言した。
「オレ、南波ヤスアキ!先日の一発に惚れましたオレと付き合って下さい!」
あとついでに書斎を明け渡せ、軽薄快調明るいノリで言ってはいるものの、手には強く力が込められている。
脅しのつもりだろうか。おれは門の中から一歩も外へ出ないまま、相手にバットを突きつけて睨みつける。
「無理です。お引き取り下さい」
「分かった、今日の所はここまでにしとくか。また来る」
ふ、と笑ってあっさり背を向ける様子に拍子抜けをしてしまったのはここだけの話。
まさか、南波のボスとかいう人間は、おれを籠絡してしまう作戦に切り替えたとでも言うのだろうか。
(……でもそれなら、どうして同性なんだ)
今まで、南波の人間としておれの家に来ていたものの中には女性だっていたことはあった。それならば今回の“南波”は、本当に自分の気持ちで告白をしている……?
背筋にぞっとする気配がしながら、おれは首を振って否定する。
しかし、そんな気を知ってか知らずか、相手は顔を出すことを止めなかった。
「フユキって呼んでいいか?」
「駄目です。っていうか、勝手な行動してて大丈夫なんですか」
「心配してくれるのか!フユキはいい子だな」
「してませんよ!」
朝。門扉に何かしらを仕掛けられる事も多かったおれは確認をしにいって、もたれかかるマゼンタの髪に驚かされた。
「つれねーの。もう少しオニーサンに心開こうぜ」
「おれとあなたは敵です」
「でも他とは違うってのはわかるじゃん」
そう言いながら、破壊された罠のようなものを南波は見せてくる。
まさかこの男。おれのためにはずしてくれたとでも言うのか。
「……お礼なんて、言いませんから」
「オレがしてぇからしただけだっての」
でも見せるくらいは許されるだろ。猫を愛でるような優しい声色で、南波は笑ってみせる。
それまでになかった穏やかな時間に、絆されなかったと言えば嘘になった。
(……おれは一人っ子だったから、兄という存在にきっと憧れているんだ)
だから、きっと惑わされてしまうのは仕方がない事。
でも、例え気持ちが傾いたとしても、絶対にあの門から一歩も踏み入る事はさせない。
広い屋敷の中、一人で叫び出したくなるような孤独を感じながら、おれは何度も決意を固めないといけなくなる程、揺さぶられていた。
「書斎を解放しろ!過度な力は世界を危険に晒すだけだ!」
剣や斧など、武器を持って門に押し入ってこようとする集団は、こちらも遠慮なくバットを振るう事が出来る気がする。
それでも、具体的に命の危機を感じさせられる分、相手も自分も早い所決着をつけようと何度も衝突した。
変わってきた事と言えば、おれの味方に南波が加わった事。
「後衛役もいた方がいいだろ」
門を前に、おれと南波は前だけを見つめる。
「上の人に怒られても、おれは知りませんから」
頼んだ訳ではないが、正直ここまで心強い存在がいると困ってしまう。
(もう一度、決意を固め直さなきゃ)
おれはもう、南波さんと知り合う前の自分が分からなくなってきていた。
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