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Sainen

 おれが父親に科せられたもの。あんなに大好きだった事を、諦めなければならなかった理由。

“それ”を目の前にして、そっと指先で触れてみる。

ボロボロに破壊されてもなお重厚そうに威圧感を放っているその洋館のようなドアは、紛れもなく、自分の父親の所有する部屋−書斎だった。

(……そういえば、父さんはどこにいるんだろう)

手のひらに力を込めれば、簡単に開けられてしまうドア。
そして思い起こされる、『絶対に入ってはいけない』の一言。

「おれは生きてる人間じゃないっていうのは、入る理由になるのかな」

おれが父親に任されていた事−それこそが、このドアを守りきる事だった。

少しずつ、指先に神経を集中させて、1cm、2cmとドアを前に動かしていく。
おれは一体、何のためにあの楽しい空間を捨てなければいけなかったのか。

言葉では聞いた事があっても、実際に目にする事はなかったのだ。
見たくないような気持ちも含めて全開にされたその場所は、おれをますます唖然とさせた。

「……何もない?」

前触れもなく、あの強い光が目の前に差し込めていく感覚がして、おれは目元に手をやる。

一瞬だけかすめ取るように浮かび上がった記憶は、あのマゼンタの髪と、苦しそうな顔だった。

「そっか……南波さんが」
ひたすらに伝わるしずくは、ただ眩しかったせいだけじゃない。

困惑する頭を抱えて、おれは書斎へと足を踏み込む。
もう終わってしまっているけれど、人生で初めて入る体験。

家中のどこよりも丁寧に作られていたであろうそこは、他人の無遠慮な足跡や傷で崩され、何が存在していたかどうかも分からなくなっていた。

 中学三年生の春、父親が突如告げた言葉は、何が何でもここを守らなければいけないという事だった。

「何それ……この書斎って、そんな大事なの?」
「正確には書斎が、ではない。だがこの中には、世界を壊すと言っても過言ではない物が隠されている」

それは、偶然生み出されてしまった兵器のようなものだと、父親は言っていた。
おれの両親は、何時も難しい研究をしていたんだっけ、と何気なく思いながら頷いた覚えもある。

「だからお前には、全てをなくしてでもここを守って貰わないといけない」
「っなんで、父さん達が作ったんでしょ!? それなら自分達でなんとか−」
「出来ないから、お前に頼んでいるんだろうが!!」

窓ガラスがビリビリと唸るような激しい怒号だった。
有無を言わせないような厳しい態度。

そんな簡単に納得出来るような事態でもなかったけど、しかしそれでも、父親も何かを諦めなければいけなかったのだろうか。苦渋の表情で声を荒あげていた。

 本当に、あの時からおれの空気は逆転した。
与えられたのは、ずっしり重い金属バッドと訳も分からないままの任務。
それから−南波さんとの、最初の出会いだった。

(一つ思い出すと、どんどん沸き上がってくるみたいだ)

おれはもしかしたら、もう一度初めからやり直したかっただけなのかも知れない。

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