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Sainen

 眼球に直接懐中電灯を近づけられたように強い光を感じて目を開けると、いつもより少しだけ低い目線になっていた。

テンポよく揺れるガーベラの花と同じ色の髪。前から差し込む日溜まりに透かされると桜のように優しい色合いだ。
ぼんやりと事実確認をしていると、ひどく気を使っている声色が下から聞こえてきた。

「……起きたかよ」
「今……早朝ですか、夕方ですか」

オレたちにはもう関係ないだろうとどこか投げやりにぼやきながら立ち止まった南波は、さっきからそんな時間は経っていない事を告げた。

「っつーか、目ぇ覚めてんなら自分の足で歩け」

帰る所があるんだろ。そう言われて、ようやくおれは自分の置かれている状況を理解した。
少し考えなくとも分かる、おれは南波さんに背負われていたのだ。

「うわ、あ、ご、ごめんなさい、降ります今すぐ」
「そうしてくれ。オレはまだお前の事一つしか思い出せてやれてないんだから」

南波は、おれの家を知っているような仲だったと思っているのだろうか。
そして、思い出せたら送ってくれるつもりだったのか。
確かめる術もなく、おれは頷いて周りを見回す。

 夏でもないのに、背筋には嫌な汗が伝っていた。
おれ達は温度を感じないのだから、それもおかしな話ではあるのだけど。

南波さんは一体どんな思いでおれをここまで連れてきてくれていたと言うのか。
思えば思うほど恐ろしく離れたくなる気持ちが沸き上がっていく。

(……どうして、折角南波さんが思い出してくれたのに、全然嬉しくないの)
−そんな記憶なら、思い出せなくても良かったのに。

自分の中にある魔物のような感情と正面から向き合わなければいけないから。だから、おれはこの人と離れたい。

「……ここが、おれの家です」

不意に目に留まった門は、もはや見慣れた屋敷のもの−ではなく、ペンキやスプレーで荒らされ今にも朽ち果てそうなかろうじて形を保っているものだった。

「ヒデェ、これじゃ廃墟じゃねぇか」
「廃墟、なんですよ」

家主がいなくなったら、持たないような脆いもの。
こうして改めて向き合ってみれば、一番最初に出てきた時から壊されていたのだ。
おれが無意識のうちに受け入れたくなくて、嘘の補正をかけて見ていただけだった。

「−南波さんは、よくこの門にもたれ掛かっていましたよね」

ふと、自分でも気づかないうちに口から出ていた一言。
しかしおれが驚いたのは、南波がさらに続けて返した言葉だ。

「−そう、フユキが金属バッド持って追い払いにきてな」
「南波さん、まさか思い出したんですか?」
「いや、何でかそんな気がしただけなんだけどな」
でも、間違いなくそうだったと思う。

懐かしむように、胸元に手をおいた南波ははにかみながらこちらへ歩み寄る。
一歩下がると、二歩詰め寄られる。

まさか、おれに今更何かを責めようと言うのか。
伸ばされた腕に思わず身構えると、降ってきたのは甘やかすような柔らかい手つきだった。

「……また来る」

人の頭を好きなだけなで回して満足したのか、さっぱりと南波は背をむけて元の道へと戻っていく。

(思い出さなくていいなんて、そんな訳ないのに)
おれは馬鹿だ。どうしようもなく、馬鹿だった。

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あきゅろす。
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