透明光速 ハッピーサプライズ 明日、2月6日は加瀬透の何度めかの誕生日である。 先程まで幼馴染みが前夜祭だと祝っていてくれたが、それも明日が仕事だからと帰っていってしまった。 社会人になるとどうも寂しくて敵わない。そう思いながら本日も遠方にいる恋人と電話をしようと受話器を手にして、スマートフォンの通知が届いている事に気づいた。 「誰よりも一番に祝いたかったんだけどさ…今日は電話出来そうにないんだ、ごめんな」 気を遣って打っているのであろう言葉は、まさしく恋人の明から届いたメールだ。 「そうなんだ…メールも難しそう?」 「いや全然それは大丈夫。あと10分だな」 「あっ祝ってくれるだけでも嬉しいよ!さっきもリョータがいいお酒持ってきてくれたんだ」 直ぐに返信をくれるまめな所も、出会った頃からまるで変わらない。透は知らず知らずの内に頬が緩んでいく。 「リョータもいるのか?泊まり?」 「ううん、仕事あるからって帰っちゃった」 「そっか。俺も会いたかったな」 「それ本人に言ってあげなよ、喜ぶから」 まもなく自分の誕生日だというのに、話す内容は共通の友人の話だなんて面白くて、透はベッドに寝転んで続きを待った。 「そういえば、明日は何か予定あるのか?」 「社会人だもんナイナイ。普通に働いて終わりかなぁ」 幼馴染みの良太は最近は漫画の編集者をしているらしい、透はコックだし、明も別の職に着いている。それぞれ別の道を歩んでこそいるが、大抵月曜日は仕事である。 「そんなもんかねぇ…おっあと1分だな」 「そんなもんだよ ねぇなんで今日電話だめなの?」 「近くに人がいてな ごめんな」 誕生日になった瞬間に、タイミング悪く謝罪が届く。それと同時に、お祝いのメッセージが届いた。 「近くに人?もしかしてこんな時間に外にいるの?」 「似たようなもんだ。まぁ気にするな」 何とも思っていない様子が腹立たしくなって思わず語気が強まるが、表情の見えないメールではまるで意味がない。 「深夜だし、気を付けなよね」 「これでも寒がりなもんで、防寒対策はバッチリだ」 そんな会話を少ししてから、透ももう寝ようとメールを打ち切る。 そしてそのまま深い深い眠りについた筈だったが、それも中途半端な時刻に叩き起こされる事となった。 早朝の部類に入る5時。珍しく玄関のベルが鳴る音で透は目を覚ました。 良太が忘れ物でもしたのかと寝ぼけ眼のまま、ろくに確認もせずドアを開け、それから一瞬で覚醒する。 「来ちゃった」 「来ちゃった、じゃないよ…!」 そこに立っていたのは、ほんの数時間前までやり取りをしていた、遠距離恋愛中の恋人だったのである。 時刻から察するに、深夜バスに乗り込んでえんやこらとやって来たのだ。 電話が出来ない理由、幼馴染みとも会いたいと言っていた言葉、全てに合点がいって透はすぐに明の肩を引き寄せ、独り暮らしの部屋に招き入れる。 バスから走ってきたのかひんやりと冷えた体が愛しくて、そのまま玄関先で強く抱き締める。彼からは冬の匂いがした。 ソファーへと案内した明は、ドッキリが成功した事が余程嬉しいのかご満悦で、透まで笑顔になってしまうような気持ちにさせられた。 トイレに行くふりをして職場に休みを連絡して、隣に座れば胸が切なくなるくらい感動に包まれる。 「あの、アッキーはいつまでこっちにいるの」 「会って最初に聞くのかソレ?月曜と火曜で有給取ってるから、明日の夕方のバスで帰る…から、一泊、してもいいか?」 「ももももももちろん!」 首から火が出そうな勢いで返事をすれば、明は堪えきれないといった様子で笑う。 久方ぶりの穏やかな時間は、それまでの透と明の距離を解かしていくような気がした。 しばらく、ソファーに腰かけたまま何をするでもなく早朝のテレビ番組をBGM代わりにしていると、横の恋人がうとうと舟を漕いでいる姿が目に入る。 「バスで眠れなかった?」 その頭を撫でれば、大人しくすり寄ってくる。 「待ちきれなくて…」 「ちょっとくらいなら寝てもいいよ」 「だって…勿体ない」 そう言いながらも限界だと目を閉じる明を抱き上げベッドまで連れていけば、彼はすっかり夢の中だ。自分も二度寝してしまおうと目を閉じて、次に開けた時はすっかり1時間も経ってしまっていた。 珈琲の匂いがして、ふと起き上がれば明がマグカップを二つ持ってやってくる。 「キッチン、勝手に使ってごめんな」 「全然!ちょうど喉乾いてたんだーありがとう」 ベッドに座り一口すすれば、もう完全に眠気はどこかへいってしまっていた。 それは明とて同じ事であったようだが、それでも二人はベッドからは動かなかった。 透は明のうなじに額を押し当てたまま、ひい、ふう、と指折り数を数えて長く長くため息を吐く。 「だって二ヶ月と三週間も会えてなかったんだよ?クリスマスもお正月も一人!」 自分でも驚くほど必死な声だと自嘲したくもなったが、明が満足そうに笑うもんだから透もお手上げだ。 しかも、さらなる追撃が前から降ってきた。 「分かったから少し落ち着けって…俺だって会いたかったのは一緒なんだよ、なぁ頼むから顔見せてくれよ」 そう明が言うが早いか透は後ろから抱き込んだ状態のまま後ろのベッドに倒れる。 身をよじって向かい合わせになれば、よく知った大好きな恋人の赤面が眼前にあった。 「改めておめでとう、透」 「アッキー…今年もありがとう。凄く嬉しいサプライズだったよ」 言いながら相手の頬に触れると、明の頬から熱さが伝染していくような感覚が透を襲う。 「お祝いは俺、なんていうのもアレだが」 肩に手を回されて、まるで壊れ物を扱うかとでも言うかのようにそっとキスをされる。 それは都合の良いように捉えて良いものかと返事に透が戸惑えば、明は眼鏡をベッドサイドに置いてから呟いた。 「―俺は、したい」 いつになく積極的な恋人にそこまで攻撃されてしまえば、理性の壁など音もなく崩れていく。 透は返事をする代わりに、明の首筋に口づけた。 [*前] [戻る] |