透明光速
ピザの日は焼きもち焼き 後
まずは生地作り。ボウルに薄力粉とドライイーストとオイルを入れ、塩と砂糖を少々。
「ふふ、トールと二人っきり久しぶりだ」
これはチャンスだとでも言わんばかりに良太は接近してくる。
「何言ってんだか、俺アッキーとリョータがいきなり付き合い出して寂しかったんだから」
「それこそ今更じゃない?でもそんな事言ったら僕、キラ君の事とっちゃうかもよ」
生地をこねる手を休めず、かつこちらには一瞥もくれずに良太は饒舌だ。
「アッキー、は、ダメだよ」
ひとまとまりにした生地をボウルに軽くたたきつけて、俺は宣言する。
なんだか朝−教室から、胸のどこかにもやっとした霞がかかっているような気がする。
あまり好きではない空気だが、こんな気分になったのは生まれて初めてなのだ。
「……じゃあトール、僕と付き合って。そしたらキラ君には手は出さないよ」
「それが出来たら苦労しないな。よし、生地を発酵させてる間に具とソースを作っちゃおう」
昔から良太は嫉妬しいな所があって、俺が仲良くなる人全てを横取りしたいのではないかと俺は思う。
(別にそれでも、他の人だったらいいけど……アッキーはダメ)
それは彼が友人ではなく恋人だかだ。
サラミに包丁を入れていると、ふと何か思い当たる節にたどり着いた。
クラスメイトに祝われているのも、
元彼という存在が許せないでいるのも、
メインがとられたような気になっているのも。
全て面白くないのは、それは、ただ俺がやきもちを妬いているからなのではないだろうか。
「うわ、俺めっちゃカッコ悪い……!」
「トールはいつでもかっこいいよ!」
「フォローさんきゅ」
包丁を止めて、ため息をこぼす。
そうか、一度納得してしまえば何もかもが腑に落ちる。
人並みかいやそれ以上には好いている相手なのだ。
独占欲を抱かない訳がない。
石窯を良太に見て貰っている間、庭でそわそわと待っているであろう恋人の元へ会いに行く。
木製の二人乗りブランコに、彼はいた。
本当にさっきまで揺られていたのだろう動きを見て近寄ると、なんと彼はうつらうつらと船を漕いでいるではないか。
「そっと横に座ってみちゃったりしてー」
眼鏡の奥でそっと閉じられた瞼を見つめて、俺は回想する。
初めて会ったのは4月の事で。
平々凡々な顔をしている癖にどこか夢中にさせる不思議さがあって。
気がつかないうちに目でおうようになって、無理矢理に部活に誘って。
良太と仲良くなっていると知った時も、やっぱり面白くないなって思ったんだ。
「今にして思えば、あの時好きになってたのかも」
口に出して見れば、目の前の頭が一瞬だけ反応した気がして、俺はさらにのぞき込むようにまじまじと見つめる。
「……」
徐々にその顔が真っ赤に染まっていくのは、紅葉のようで見飽きない。
やはり狸寝入りをしていたのだ。
「キ、キスの一つでもすればい、いいのによ」
細目がちに、挑発的な言葉を明は述べる。
そんな事を言って実際問題そうなると急に初になって慌てるのはどこの誰だろうか。
「ピザが焼けるよ。特製デスソースの」
「恋人殺す気か」
「おうとも、俺の愛で絞め殺してしんぜよう」
「ハハッ、楽しみにしてる」
そう言って、明はこちらへ片手を寄せてくる。
何だ、と静止すると、彼はふわりと笑ってこちらの額にキスを落としてきた。
「今日は色々ありがとな」
そう言ってはにかんだ、その表情は今日のどの場面よりも一番に輝いていて。
とても直視していられない、と思いながら一瞬で目を奪われた。
ピザを咀嚼する彼の喉仏を眺めながら、無宗教の俺はカミサマホトケサマに祈った。
ああ、願わくばこの愛しい彼の誕生日を、これから先もずっと一番近くで祝っていられますように、と。
……一方で、テーブルの向かい側では。
「あの、僕もいるんだけど忘れられてない?……まぁ、今日はキラ君が主役だからいいけどさ」
アボカドソースのピザを片手に、良太はこの三人でいる事に満更でもなさそうに苦笑いをしていた。
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