あの時をつないで。
5
よかった。と内心思う。
暴力でなくてよかった。
今日は、来客が来ると言っていたから忙しいのだろう。
普段だったら、迷いもなく暴力だっただろうから
まだこの部屋の方がマシなんだ。
体中の傷は隠すのが精一杯。
最近は、見えるところに傷をつけなくなったから楽だけれど。
体育の時間はとくに大変だったりした。
笑っちゃうよね…。
僕の価値は所詮(しょせん)、これだけ。
学校では真面目でガリ勉で
家では言いなりの玩具。
どこに僕の居場所があるっていうんだ
「……死にたいよ。」
小さな呟きだった。
一度は収まった涙が、また溢れてくる
あの目。
蔦は、僕を汚いものをみるような蔑んだ瞳でみていた。
汚くて嘘吐き。
こんな生活も仕方ないのかもしれないと思った
そんな奴には、この生活が似合っている。
人を愛す価値もない。
『土の上の、小さな星になればいいよ。』
昔、蔦が僕に言った言葉をいまでも。
蔦は覚えているかな
幼稚舎の頃。
無垢な自分たちの間に、なんの亀裂もなく、家柄さえも解っていなかったとき。
仲が良かった僕と君。
『もうえいごの勉強してるの?』
蔦が明るく訊いてきた。暗くて、話しかけられたこともなかった僕はびっくりして英語の本を落としてしまった。
にこにこと蔦がソレを拾う。
『あ、ありがとう…。』
『別に。こんぐらいふつうだよ。もう、えいごの勉強なんてすごいね』
戸惑いながらギクシャクな会話だった。
『あ、そうかな…。ママやパパがやれって…いうから…しかたないんだ』
決して望んだことじゃない。
他の子と同じように、僕も外で泥まみれになりたかった。
けれど、両親は許さない。今のうちに英語に慣らせておくいいと言うのだ。
『僕は…きっとだれにも見えないんだ。みんなみたいに…キラキラ星には、なれないよ……。』
また暗いことを言ってしまった。
ハッとした僕は、顔をあげる。
嫌われたかと思ったが
そこには満面の笑みがあった。
『じゃあ、有煌くんは
土の上の星になればいいよ。』
どうして僕の名前を知っているんだろう。
誰も、呼びはしないのに…。
優しかった。
認めてくれる人がいることが。嬉しくて泣いてしまった僕を、蔦は背中をさすって慰めてくれる。
あったかい小さい手
泣きやむまでずっと、背中を撫でていてくれた。
有煌(ユキラ)
そう呼んでくれてありがとう。
はじめてこの名前に感謝した。
『ともだちになろっ?』
泣きやんだ僕に、蔦が言う。
驚いて一瞬固まってしまった。『ともだち』?
どうしよう………。嬉しい
なんて言えばいいんだろう。なんて答えれば
『う、うん』
『あ、もしかして…ヤだった?』
首を傾げて、眉を潜める蔦。
そんなことないのに
人とうまく話す術を知らない僕は戸惑った。
『嬉しくて…。』
小さく呟いた。
『ほんと?俺も嬉しいよ!』
よかった。また笑ってくれた。
その笑顔を見ていると、自然と自分も笑顔になった。久しぶりだったから少しだけ、引きつっちゃったけれど
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