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思い出を、残しに。

 「花?」

「そう、花。君は知ってる?」

 「いや…」


  【黄昏の町で】


 ―――見渡す限りの廃墟、崩れた果ての岩や土、あるいは風化した砂の山。一面に広がる荒れ果てた大地。
 そんな、全てから打ち捨てられた場所に、二人の人間がいた。

 「で、その『花』ってのは何なんだ?それがどうかしたのか?」

 片割れの問いに、男は答える。

「あのね、ずっと昔に有ったんだって。なんでも、いろんな色と形と、香りがあったらしいよ」

 「なんだそりゃ?なんだかサッパリ分からん」

「ふふ、僕も良く分からないんだ。でもね、まだ中央の方には残ってるらしい」

 中央ね、と、さして興味も無さそうに呟いたのは、女だった。男に比べると幾分幼く、よくよく見なければ女と分からない程に痩せていた。

「そう、中央。―――ねぇ、君はいつまで此処に居る気だい?」

 男は尚も続ける。

「君も知っている通り、もうこの街には誰も居ない。―――いや、この場所に、と言った方がいいかな?…此処は既に街ではない」

 「………………」

「ねぇ、もう記憶も記録も、思い出すら無くなってしまった場所に、君は何を見ているの?」

 女は答えない。

「………君がそこまでして、この場所にこだわる理由はなんだい?―――此処はもうすぐ、闇に喰われてしまうよ?」

 男の台詞に、女はゆるりと立ち上がった。

 「……知ってる。もう、分かってるんだ。此処にはもう思い出なんて、欠片も残ってないこと」

 男は黙って聞いている。

 「それでも離れられなかったのは、あたしの未練だ。―――いいよ。行こう。あたしを連れに来たんだろ?」

「いいんですか?」

 「いいさ。折り合いはとうに着いてる。足りなかったのはキッカケだけだ」

 そう言って女は鮮やかに笑う。

「…じゃ、旅立つ君にひとつ教えてあげる」

 「………?」

「今中央は人を集めてる。それは、闇に侵食されないように助けるのが第一だ。でもね、それだけが目的じゃないんだよ」

 「何があるんだ?」

「話を聞くこと」

 「は?」

「中央は全力で闇を食い止めようとしているけれど、どうなるかは正直分からない。だから、人々が生きた証を残そうとしている。―――まあ、全て喰われてしまったらそれすらも無くなるけどね。それでも、『思い出』ってやつを残したいのさ」

 「………」

「だから、君が見てきたもの、抱えて来たものを、そのまま残せばいい。きっと、誰かが気付いてくれるから」

 男の言葉に、やがて来るだろう未来を想像して、女は微笑った。

 それはなんて素敵なことだろうか、と言いながら歩き出す女に、男は最後の問いを発した。


「―――君の、名前は?」

 「アスリル。あんたは?」

「僕の名前はカルディエル。カディでいいよ」


【もう一度、明日に向かって】


 (なあ、最初に言ってた花って結局何だったんだ?)

(ん?ああ。―――花って、昔は死者に手向けるものもあったそうだよ)

 (………ふぅん)

(あちらの世界がこの花々のように色鮮やかなもので有りますように、というのが最初らしい)

 (へぇ〜)

(だから、君にその気があるのなら向こうで、)

 (待った。別にそんなことの為に中央まで行く訳じゃねぇんだし、その先は聞かないよ)

(…………君は、強いね)

 (そうか?)

(うん。…良かった)

 (?今なんか言ったか?)

(いや、なにも)







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・とある辺境の街での、ひとつの出逢いの物語。

・001:黄昏の町で









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あきゅろす。
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