・31 「お前と俺じゃ適当のレベルが違うんだよ」 「…………」 それはそうか、と納得しようにも、何故か洋一の表情が引っ掛かった。だが、聞いてはいけない気がしてこちらも言葉を選ぶ。 「それも、そうだね」 精一杯の笑顔で。 触れられない場所に無理に触れたら、この時間が消えてしまいそうで、強がりさえも隠すように笑った。 「…………」 洋一もそれに気付いたのだろう、ふっと目を伏せて真紀を見た。だが、気付かないふりをして「当然だろ」と明るく言い放つとスケッチブックに向き直った。 白い紙の上に、鉛筆で新しい線が引かれていく。その様子を真紀はぼんやり見つめた。 午後の日差し、少し賑やかな美術室。 近付けるようで近付けない距離にいることがもどかしくて、真紀は洋一が描くものを描こうと視線を前に向けた。 描き方は違っても、同じものを見つめる。 その位置にいられることに、わずかな優越感と緊張感を抱きながら。 少しでも近くにいたい、そう願いはじめた、初夏の日。 . [*back][next#] |