9 「智実さん……?」 小さく名前を呼ばれる。 でもごめん。これ以上は、きっと私“大人”でいられない。 「……そろそろシフト始まるよね。準備しなきゃ」 「そう、ですね」 いそいそと片付けて制服にエプロンをつける。雅之くんの片付けが終わる頃には、私は控え室を出た。 嫌な人間。なんでこんなにムキになっているんだろう。 頭の片隅では分かってる。これはきっと嫉妬だ。 年上なのに何もできない自分が、年下なのに何でもできる雅之くんに嫉妬している。 バイトのことだけならまだしも、こんなところで差を見せつけられたみたいで悔しかったんだ。 (……大人気ないことに変わりはないか) 小さく、重いため息。淀む先は、目に見えない。見えないからこそ感じる。この劣等感は、今にはじまったことじゃない。つい口に出てしまうほど、知らない内に溜まっていた。 ──私って、嫌な人間……。 その日のバイトでは、いつものような雑談は一度もなかった。 [*back][next#] |