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3
 隣に座る夏希が覗き込む。すずが、はっきりと決心したように提案した。
「ボクを連れていってください。見付からずに入る方法に、心当たりがあります」
 ――ごめんなさい……
「……っ」
 フラッシュバック。あの日の母さんの声が聞こえた気がした。すずと母さんの表情が、似ていた気がして。
(母さん……)
 あなたは俺達を捨てたとき、どんな気持ちだったんだよ。少しだけ大人に近づいた今でも、それが解らないでいる。
 向かいではテーブルを挟んで夏希とすずが何かを話しているが、ほとんど聞こえていなかった。

   ◆ ◆ ◆

 その日の夜、寝付けずにいた俺は、隣で寝返りを打つ弟に話し掛けてみた。
「……夏希」
「ん、なに?」
 眠そうだ。長話は止めとこう。
「お前さ、父さんと母さんの事、どう思ってる?」
「えー? うーん……お母さんの事は、ちょっとだけ覚えてるけど……」
 何でそんなこと聞くのか解らないと言うような声だった。けれど何かを思い出したしたのか、少し高めの声がちょっとだけ弾んだ。
「あ、けどさ、小さい頃に兄ちゃん言ってたじゃん」
「? なんて」
「“夏希は母さんに似てる。で、母さんが、春馬は父さんに似てるって言ってた”って。だから、俺と兄ちゃんみたいな夫婦だったんじゃないの?」
 楽しそうな声。両親を恨んでないか聞こうとした俺は、その言葉を飲み込んだ。
「……かもしれないな、母さんは料理が好きだったし」
 母親に似てると言われたのが嬉しいのか、夏希はへへ、と笑って眠りについた。
 俺達を置いて死んだ父親、まだ子供の俺達を捨てた母親――俺は、少しだけ大人に近づいた筈なのに、夏希みたいに二人を許すことができない。

    ◇ ◇ ◇

 その日の夢は、母さんが出ていった日の夢だった。
 十歳だった俺は、何となくだけど……母さんはもう帰ってこないのだと本能的に感じていた。
「にいちゃん、おかーさんは?」
「……出かけた」
「そっかぁ。けど、まってたらかえってくるよね」
「…………」
 答えられなかった。弟は小さいんだから、嘘をついてでも安心させてやるべきなのに、俺自身少しは動揺していたのかもしれない。
「母さんは……」
 小さくて聞こえなかったらしい弟は、にっこりと笑った。
「だってここがぼくたちのおうちなんでしょう?」
 ドキッとした。



あきゅろす。
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