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ご主人様達が出ていかれた後、家中の鍵を閉めて僕は一人留守番をしていた。
一人の空間は久しぶりで、少し恐い。だから僕は昔を思い出してみた。前のご主人様と過ごした最初の日々を。
そう、僕は、目を開けたその日から彼の側にいた――。
◇ ◇ ◇
「“おはよう、猫”、今からお前は僕の物だ」
そう言いながら目の前に立つ人は、背が高くて冷たい目をした男の人だった。
「……は、はい、“ご主人様”……」
彼が僕のご主人様だと言うことは、何故か既に知っていた気がする。それとも彼の高圧的な言葉に、恐怖のまま返事をしたのかもしれないけど。
とにかくその日から僕は“ご主人様”と一緒に過ごした。“おはよう”から“おやすみ”まで、ずっとずっと側にいるように命じられた。そこで毎日のように囁かれていたのは。
「お前は僕の物だ」
と言う、服従させる言葉だった。
怖かったけど、何も解らない僕は豪華なお屋敷で言われるがままに従うしか、生きていく術を知らなかった。痛いことも、気持ち良いことも、全てを受け入れていた――そんなある日。
犬と、出会った。
「お前は本当に駄犬だな!!」
「にゃ!?」
廊下を歩いていたら、突然響いたご主人様の怒声。ビクビクしながら覗くと、ご主人様と少年が一緒にいた。
いや、ご主人様が少年を踏みつけていた。
「あの子……」
「何度言えば解るんだ!僕に逆らうな!」
「ごめん、ごめんなさ……っ」
「……っ」
見ていられないような痛々しい仕打ちに目を瞑る。目を背けたかったのは、必死に謝り許しを請う少年よりも、見たこともないくらい楽しそうなご主人様の表情が、恐ろしかったからだった。
ご主人様が居なくなると、少年はその場にクタリと項垂れたまま動かなかった。辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、僕は駆け出した。
「あ、あの、大丈夫……ですか?」
「ん……あ、うん」
ゾクリとした。見上げられた目には何も感情がなかった。けれどそれも一瞬のこと。
「あ!もしかしてお前、“猫”か?」
「えっ、あ、うんっ……何で知ってるの?」
「俺も“犬”だから似たようなものだし、さっき言ってた。猫がうちに来たって」
「だ、……誰が」
“犬”は心底楽しそうに笑って見せた。
「なつきが、賢い猫が来たって言ってた」
◇ ◇ ◇
「彼――北条無月様は、僕達の最初のご主人様です」
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