少女の不服
その日、彼は屋上ではなく木の下で寛いでいた。
少女の不服
またこの人は。
突拍子のないことをしてくれるものだ。
既に定位置となりつつあった私の特等席は黒い衣装で身を包んでいる彼に呆気なく奪われてしまっていた。
昨日に続いて彼がこの場にいることに多少の驚きはあったが、それよりもその席を堂々と取られていることに結構驚いた。
なんなのだろう、この展開。
これは私へのなんらかの罰なのだろうか。
というか、嫌がらせ?
そういえば、今朝仏壇に手を合わせて来ていなかったなぁ、などと思い出しながらとりあえずどうしようかと考える。
昨日は気分が良かったからその場にいることを許してくれただけで、基本彼は人が側にいることを激しく嫌う方なんじゃないだろうか。
そうだと仮定したら、わざわざ私があの場へお邪魔するよりどこか安全地帯でお昼を過ごした方が得策と見える。
命を大事に。
まず、基本平凡な毎日を暮らしている自分にとって縁遠い言葉だった筈なのだが、今この瞬間、実は身近に在ったのだと実感。
人生って、ホントに唐突だよね。
って、何言ってんだろ、私。
口に出てないよね?
頭の中で一人ぐるぐると思っていたことだけれど、何故だかちょっと恥ずかしく思えた。
よし、場所を移動しよう。
そう結論付けるが早いか、私は行動に移した。
確か、あっちにベンチがあったよなぁ。
来た道をUターンして校舎の東側に歩を進める。
こちらにも中庭と同じようなところがあるのだ。
最初はこちらにするか中庭にするか迷ったものだ。
日当たりもよくて、ベンチもあって中々に絶好の場所。
私は木の下が落ち着いたからベンチよりも、と中庭を選んだ。
だから、こちら側に来るのは実質的に初めて、ということになる。
景色が変わるのも、たまにはいいのかもしれない。
そんな期待を胸に私は校舎の四つ角を曲がろうとした。
だが―――――
「最近、あいつ調子にノリすぎじゃね?」
「あぁ、確かに。前なんて緑化委員、壊滅寸前まで痛めつけたんだってよ」
「かぁーーっ、おっかねぇ」
なんなんだろう。
中年男性を思わせる言葉遣いが耳に入り、思わず進めていた足が止まった。
声は今向かっている方面から聞こえた。
そう理解すると、私は無意識的に自分を見えないように校舎に張り付かせるような形で彼らの様子をほんの少し覗き見た。
そこには言葉遣いがアレな割に、存外不良っぽい不良達が私の目的としていた場所にたむろっていた。
制服は完全に着崩され、ピアスも空けて、見るからにちゃらちゃらしてそうな人達。
私が最も苦手とする系統の人達だ。
困った。これではあの場所で食べることは叶わない。
どれだけ神経が図太い人でも、煙草をふかしているあんなところに自ら挑むような行動をする人なんていないだろう。
なんだか、とっても怖くなってきた。
これは申し訳ないけれど、今回は友人のところにお邪魔させてもらうしかないようだ。
あぁ、どうして今日はこんなにも予定変更が頻繁なのか。
昼食を食べてないぶん、精神的からげっそり来るような感じがした。
さて、こんな怖いところ、すぐに離れよう。
頭は次の行動を瞬時に脳に伝えていたのだが、次に発せられた一人の不良の言葉にふと足が地面に縫い止められた。
「やっぱ、あのヒバリには今度お礼参りしなきゃな」
ぎゃはははは、とこれまた中学生とは思えない下劣な笑い声があの場の熱を増加させたことを安易に想像させた。
そうして、聞いてはいけないことを聞いた気がした。
でも、彼らに対する思いは微々たるもので、私は違う人を思い出して一気に頭はその人に支配された。
今、『ヒバリ』って……?
私は言葉の意味を理解すると同時に、次はある場所へと駆け出していた。
(ただただ貴方を見付けたくなった)
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