少年の興味


「そんな退屈そうな顔して、何を考えてるの?」

不意に女子の声が耳に入った。










つまらない。
最近面白い赤ん坊と遭遇してからというものの、周りの奴らが情けない程弱く思えて僕は正直憂鬱気味だった。

今日も退屈な書類処理をして、違反者を咬み殺してこうして屋上で昼寝をしていた。

昼休みのチャイムが僕の目覚まし時計。
のどかな静けさで満ち溢れていた空間はそのチャイムによって途端に騒がしくなる。

僕はこの瞬間が嫌いだ。

そんな心のわだかまりを抑える為に、僕は町を見下ろすのが最近の習慣になりつつあった。
ここはいいところだ。
いつもそう思う。
僕の好きな風景。
飽きることのない、唯一の世界。
弱い奴らばかりで刺激が足りないのは不服だが、この景色があるところは自然と落ち着く。

フェンスに頬杖を着いて廊下を群れながら歩いている草食動物達を視界に入れないようにしながら何処を見るわけでもなく下を眺めた。

そうして、暫くして不意に聞いたことのない女子の声が耳を掠めた。

言葉の意味が気になって音源に目をやれば、本を盾にするようにしてくすくすと笑っている女子がいた。

あれは、見覚えがあった。
最近、一人で木の下に来ては弁当を食べて本を読んでそうして予鈴が鳴ると校舎内に入って行く普通の草食動物。

どうして笑っているのかは知らないが、明らかに今のは自分に向かって言われた言葉なのだと直感的にわかった。

退屈そう…か。
確かに僕はそんな顔をしているのだろう。
もともと感情を表に出す性格でもないし、実際つまらない。
会う奴、会う奴皆、弱い奴らばかりで。
他人から見たらそう思われるのも仕方がない。


「仏頂面は似合わないよ。もっと笑ってみなよ」


また、だ。
あの草食動物は一体僕に何を求めているんだ。
先程までなかったムカツキが少々胸に募って来た。


「……君には関係ないよ」


不思議と、いつの間にかそんなことを口走っていた。
その後、友人であろう奴に呼ばれたその草食動物は急いで校舎内へと向かっていた。
一瞬目が合ったその瞳は酷く無垢なものに見えた。







それからというもの、僕はその草食動物を一日一回はこの場所で見るようになっていた。

何が愉しいのか、いつも幸せそうに周りを見渡したり空を仰いだり、最初は絶対に落ち着きのないような行動をとる。
それから弁当を食べ終わったら本を読む。
しかし必ずその過程のどこか間に、その草食動物からの視線を感じるのだ。
こそこそとしていないし、群れてもいないから気にすることはない筈だった。
しかしそれが五日間続いたくらいに僕は草壁にその草食動物について調べさせていた。
彼はそのことにほんの少し驚いたような表情を浮かばせていたがすぐに行動に移してみせた。
草食動物の情報が手に入ったのはそれから二日後のことだった。

名前は『樋浦 優奈』。
性別は女。これは知ってる。
性格は温和で人望も厚いが、友人はごく少人数。
特に目立つことはない少女だが、やる時はやるしっかりと意志を貫き通すような性質で、先生からも一目置かれている優等生だった。
苦手なことは人の名前を覚えること(男子限定)。

……何コレ。男子限定って。
妙な点はあるものの、女子のくせにあまり群れないところに少し目を惹かれた。

ふぅん、面白い。


「ちょっとは退屈凌ぎになるかな」


そうと決めたら早速行動。
いつものように木の下に彼女が来たのを確かめた僕は暫くして屋上から中庭へ向かった。


「………ワォ」


その場所では彼女は横たわって本を読んでいた。
今までそんな姿勢で読んでいることなんて見たことがなかったし、そんなことをするような性質でもないと思い込んでいたから尚更に。
思わず零れた声は彼女には届かなかったらしく、尚も本に意識を移していた。

いかにも我が世界、という雰囲気を醸し出していて僕がわざわざここまで来てやったのに、と不服感が胸中に浮かんで来た。

矛盾している。
僕が勝手に来たというだけなのに。

なんだか無性に苛立ってきたので適当な距離で彼女の隣に腰掛けた。
その後、感じた視線と息を飲む音。
その瞬間、彼女が自分に気付いたことにちょっとした優越感が出て来た気がした。

彼女はすぐに起き上がり、失礼な程真っすぐな視線を僕に寄越して来た。
煩わしい、という気持ちと同時に何故かほんの少し、胸が温かくなるような気がした。

なんなんだろう、この気持ちは。

暫くして、彼女は僕に名前を確かめてきた。
正直、本人を目の前にしてそんなことを聞く奴は初めて見たよ。
相手が僕なのもあれば通常の奴らは恐れおののくのに。

彼女は僕が本物だと判断したのか、やっと怯え出した。
しかし、その怯え方はどちらかというと戸惑っているようにしか見えなかった。
こんな反応をする草食動物は、初めてだ。

いつまでも唸るように頭を捻る様が少し煩わしく感じて、知らず知らずの内に自分から声を掛けていた。
本を読まないのか、と聞くとここで読んでもいいのか、と返答が返って来た。
そんなこと知らないよ。
勝手にすればいいさ。
僕はただ退屈凌ぎの為に、ここに来ただけなんだから。
そう言うと、彼女は途端にぱぁっと明るくなった。


「よかった。ここはとっても居心地がいいんです。追い出されたらどうしようかと思いました。ありがとうございます!」


本当に嬉しそうに、幸せそうに彼女は言った。
その言葉に思わず僕は瞠目した。

君は、僕自身に怯えていたんじゃなくてこの場から離れなければならない状況を恐れてたってことかい?

その疑問は口に出さずとも、彼女自身がそのことを証明していた。
先程までの慌てふためき様なんて微塵もなくなり、いつものように静かな読書に勤しむ彼女の姿がそこにあった。

なんだか、不意を突かれた気分だ。
実際、不意を突かれたのだろう。
先程までの優越感などなくなって、妙な敗北感が胸に渦巻いていた。

こんな気分は初めてだ。

暴力を行使すれば確かに彼女は僕には敵わない。
こんな気持ちを抱くのなら通常の僕だったら即座に虐げる筈だ。
しかし、不思議とそんな衝動に駆られることはなく、寧ろ安定したような心持ちになっていた。

なんなんだ、この女は。


暫くして予鈴が鳴った。
隣の彼女は大袈裟過ぎる程過剰に反応し、本から顔を上げた。
空を見上げているのか、その瞳には雲が映し出されていた。
その後の行動は優雅で迅速で、ほんの少し危な気だった。

勢いよく起き上がった反動で後ろにこけそうになるなんて、君馬鹿じゃないの?

そんなことを陰で思っている僕に構わず、弁当と本を抱え、校舎へと歩を進めようとした彼女がふと足を止めたのを視界に捉えた。

真っすぐな視線を感じたのでそちらに視線を寄越すと、案の定、彼女と目が合った。
一瞬当惑したような色をしていた表情は目が合った途端に安堵色に変わった。


「雲雀さんは授業には出られないんですか?」

「……君には関係ないよ」


わざわざ足を止めたと思ったらそんなこと。
呆れ半分に答えると彼女は口元に手を置き、まぁ、と驚いたような声を出した。


「同じ環境にいる筈なのに、とても変わった生活をしているんですね。面白い方です」

「……喧嘩売ってるの?」

「まさか。逆です。とても感心しています」


悪気なんて全くない雰囲気で彼女はただ笑った。
彼女の思考回路がよくわからない。
何がそんなに愉しいの?


「では、失礼します」


穏やかに微笑みながら彼女は肩より少し長い黒髪を前に流しながらペコリ、と頭を下げた。
再度顔を上げた彼女はどこか凛とした印象を僕に与えた。
その後は急いで身を翻した彼女の後ろ姿を僕はただ見ていた。



(恐れないその瞳に、興味が湧いた瞬間だった)




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