少女の出会
これはもう、驚いたとしか言いようがありません。
少女の出会
またどうしてこんなところに。
それすらも言えないくらい驚いた私はすぐさま身体を起き上がらせ、隣に腰掛けている少年を注視した。
サラサラな黒い髪、滑るような白い肌、鋭く釣り上がった眦、黒に身を包んだ少年が間違いなく私の隣にいた。
何食わぬ顔で持っている本に視線を投じていた。
いやいやいや、そんな筈はない。
目の前の光景がまだ信じられなくて、私はまた空を仰いだ。
そこに、彼はいなかった。
なんてこと…。
これは前代未聞。
今までになかったことだ。
だっていつもは予鈴が鳴っても彼はあの場から動かなかった。
私がこの場を立ち去っても、彼は頑なにあの場を動かなかった。
異例な出来事に、胸が震えた。
ようやくそこにいるのが真実だと認めざるを得なくなった私は、再び隣にいる彼に視線を投じた。
彼は屋上にいた時と変わらない表情で手の中の本に視線を落としていた。
それでも、なぜだか私の心は降下しなかった。
代わりに、バクバクと心臓が急速に速度を上昇させたように感じた。
だって、初めてだ。
こんなに近い距離で彼を見たのは。
案外、日光の下にいた割に白い肌で、それでも病的に白いというわけでもなく、ほど好く健康的な白さな顔と、本を持つ手。
伏せるようにした長い睫毛。
近くで見たら、美しい女の人のように見えなくもないから思わず目を疑った。
雲雀恭弥は男だと聞いている。
本人は怖いからと公には出ていないけれど、一部に彼のファンがいるらしい、ということも聞いている。
しかし…しかし、だ。
こんな女の子いるよなぁ、と考えたらそう思ってしまうのは仕方のないことだ。
綺麗過ぎて、目を放すのも惜しいほど……。
「――――何」
不意に彼はこちらに振り向いた。
失礼な程凝視していた私は、必然的に彼と視線が合う羽目になってしまった。
しまった、と思うと同時にズクン、と急な拍が心臓を打った気がしたのは、気のせいだろうか。
「あ…えっと…?…えー…ぅー…?」
突然の問い掛けにひょいひょい答えられるわけもなく、意味の成さない嫡語のような言葉しか口にでなかった。
途端、彼は眉を顰めて不審者を見るような目で私をがんじがらめにした。
「あ、えと…雲雀、恭弥さん…ですか?」
何の確認!?
自分で言っといてなんだけど、酷く妙な質問が口をついて出てしまった。
「……そうだよ」
それでも、彼は無表情に還ったまま、一言そう言ったぎり本に視線を戻した。
こちらとしては、まさか答えてくれるなんて思ってもみなかったから暫く驚き固まっていた。
そうして、段々冷めてきた頭では次にある事を思い出した。
確か彼は『群れ』が嫌いだとか。
草食動物系統では欠かせない習慣を撲滅せずにはいられない性質の持ち主、いわば獰猛な肉食獣と聞いている。
『なんだそれは』と詳しく聞いてみると、要は『ひとり』を好むらしい。
成る程、強者は『ひとり』しかいらない。
ある意味で納得だが、この社会の中で人同士の関わりは避けては通れない道の筈だ。
彼は一体どうやって日々を生きているんだろう。
話は逸れたが、とにかく。
彼の性質からしてみれば、この二人きり、という状況は誠にヤバイのだ。
二人。たった二人でも、彼から見たら『群れ』に入るのかもしれない。
ということは、標的は――
―――――――私……?
「…………」
きゃあぁぁぁぁ!!!
心の中で絶叫。
私もついに天に召されるのかぁ、なんて暢気に思える筈がない。
まさかのピンチに背筋が凍りそうだ。
「……ねぇ」
「はい!」
「…読まないの?」
それ、と彼が指差した方向は私の手の中の本。
へ?、と間抜けな返答をしてしまった私。
だって仕方がない。
あまりにも唐突で、さっきまで失礼な程彼を恐れていたのだから。
彼は私のその気持ちを汲み取ったのだろうか。
大仰な溜め息をつくなり、もう知らない、とでも言うように視線を外された。
………これは、もしかして――
「……ここで、読んでもいいんですか?」
少しの期待と恐怖を持って、彼に恐々と聞いてみた。
彼はチラリ、とこちらに視線を寄越すとまた変わらぬ声音で『勝手にしなよ』と言った。
意外や意外。
なんという幸運だろう。
素っ気ない口調であったけれど、敵意などまるでなく警戒している様子もない彼に、私は心から感謝した。
「よかった。ここはとっても居心地がいいんです。追い出されたらどうしようかと思いました。ありがとうございます!」
恐怖なんて忘れて、ただただ幸せが広がる胸を抱きしめる気持ちで、私は彼に言って本に視線を移した。
(最後に見た彼の顔は、ほんの少し、驚いていたように見えた)
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