少女の困難



最近、お昼休みがとても短く思える。








先日の傷の痛みは引いて、跡も残らなかった。
最初の頃はお風呂に入るのも地獄だったし、学校では包帯を巻いていたから結構話題になってしまっていた。
かといって、治りかけているな、と思って包帯を外したら、それはそれで女子から批判の声を頂いた。主にミーちゃんだったけれど、あの我が校のマドンナである笹川京子ちゃんも少し言葉に詰まっていたからなんだか申し訳ないことをした気分になったのは記憶に新しい。

雲雀さんとの昼食も相変わらずであった。
お弁当箱は新しいものに変えて自分的には新しい気持ちでスタートした気分であったが本当に前と何も変わらず黙々と食べるだけだ。
新しいお弁当箱は時間が経っても中身が温かいことが特徴の神秘的な物で、きっと喜んでもらえるだろう、と嬉々として購入しただけに雲雀さんのいつも通りのクールな表情はちょっと寂しさを感じる。
副委員長さんが買ってきて下さったお弁当が温かいことに嬉しさを感じていたのは私だけだったのかしら。
副委員長さんにはお弁当の件に感謝の気持ちを込めてお礼と共にお菓子を渡したかったがお菓子は丁重に断られたのでショックを受けたのも記憶に新しい。不味そうと思われたのだろうか。そのお菓子はミーちゃん行きになった。美味しいと言われて本気で嬉しかった。

最近のあれこれを振り返ってみると、主にブルーな気持ちになっている場面が多いと気づいた。
新しい心意気は一体どこへ。
チラリ、と隣に座ってお弁当を食している彼を見やる。
涼しいお顔は傍目から見てもほぅ、と見惚れるほど綺麗だ。
今日はいい天気で、側にある木が絶妙な木陰を作ってくれているから彼の顔はしっかりと見える。木漏れ日も彼にささやかに降り注ぎ、清廉さが伺い知れる。
こんなに綺麗な人が私の作ったお弁当を食べてくれるなんて、今更ながら恐縮である。


「ねぇ」

「ひゃい!」


急に声を掛けられたものだから応えが奇声のような響きになってしまった。
あわわ、と顔を隠したい気持ちに駆られるがバタバタしてしまったら膝の上に乗せているお弁当箱を落としてしまいかねないので必死に冷静さを取り戻そうと堪えた。
声を掛けてきた雲雀さんはというと眉を顰めながらこちらを見やる。


「僕の顔に何か付いてるの?」

「えっ!? ・・・いえ、何も付いていませんよ?」

「そう。・・・じゃあ、」


なんでそんなにこっち見てるの―――――。

問われた言葉に頭が一瞬真っ白になる。しっかりとその意味を掴んだ瞬間、言い知れない恥ずかしさが胸に込み上げてきた。


「いえ、その・・・」


なんて言えばいい?
最初に浮かんだのはそんなこと。
正直に言ってしまえば良いのでは?
即座に自分の問いに返って来た言葉にしかし、と待ったをかける自分がいた。
そんな恥ずかしいこと言ったら雲雀さんに何て思われるか。
正直に言ったらダメだよ。
二つの相反する答えが頭をグルグル回る。
彼はこっちを見ていない。
その様子を見ていた別の私があっ!とあることに気付く。
気のせいです!っていうのはどうだろう?
それだー!といがみ合っていたさっきまでの私が賛同の意を示した。それをきっかけに勢いよく主張することができた。


「それは、気のせいです!」

「それはないね」

「えっ」

「君、嘘つくならもっとマシな嘘つきなよ」


即座に切り返された言葉に愕然とする間もなく彼は私の心に確実な矢を射てくる。
さっきのは少しわざとらしかっただろうか。今となっては反省点を見いだせない。
雲雀さんも雲雀さんでそのままの状態でいてくれたらいいのに、言った途端にこちらに視線を寄越してくるものだから余計に居たたまれなくなる。
悪いことはしていないのだけれど。
なんだろう、この追いつめられた感じは。


「う・・・えと、」


心拍数が上がっているのがわかる。
おかしいな、前はこんな痛いほどに胸が痛くなったことはないのに。

雲雀さんを、見れない。


「・・・」

「・・・」

「なんで黙るの」


なんでそんなに突っこんでくるんですか。
今は雲雀さんのお顔、見てませんよ!
と懸命に心の中で主張しても、伝わるわけがなかった。
私も私で素直に言えばいいのに、どうしても羞恥心が邪魔をして口を開けれない。


「・・・!」


言おうか言うまいか、いつまでも踏ん切りがつかない私に、あろうことか雲雀さんは箸をパチンと置いてこちらに手を伸ばしてきた。その先は私の横髪で、そして触れた。
チラチラと視界に入る彼の綺麗な手が見えて、余計に胸が高鳴った。


「あの・・・」


そこで気付いた。
自分が喋る度に吐息が彼の手にかかっている。
ただの錯覚かもしれない。
でも、そんなふうに思えてしまって仕方がない。
少し身じろいでも彼の手はついてくる。
あぁ、意地悪さんだ。
私を喋らせないようにしているとしか思えない。


「あの、食べれません・・・」


負けないぞ! と意気込んで言ってみたものの、それは絞り出したような声でなんとも情けなかった。
雲雀さんの手は一瞬止まったけれど、構わずさきほどよりも顔に近付いた。


「(え、えええぇ?!)」


当然、こちらは焦る。
しかし動いたその瞬間、少し冷たいけれどどこか温かみを感じる硬いものが頬に触れた。
考えなくてもわかる。
彼の手、だ。


「動かないでくれる」

「!」

「もう取れるから」

「・・・?」


取れるって、なんだろう。
疑問に思ったのと同時にスルリ、と彼の手が髪を撫で、離れた。
気になって彼の手を見たけれど、そこには何も見当たらなかった。


「あの、」

「ほこり」

「はい?」

「ほこりがついてた」


つまり、それを取ったと。


「あ、それは・・・ありがとう、ございます」

「うん」


微妙に釈然としない気持ちが声音に滲み出たが、彼の返答は普段通りのものだった。
そうなれば妙に勘繰っているような私の方がおかしい感じがして、ついにそれ以上追及することは叶わなかった。


「・・・」


それにしても・・・ほこり、とは。
葉っぱであったらよかったのに。
自分のせいではないけれど、なんだか格好がつかないなぁ、と思えて恥ずかしくなった。

一瞬。ほんの一瞬だけ、彼に何をされるのだろう、と思ってしまったことにも後ろめたさを感じて彼の顔を見れない。

それからも黙々と食べて、いつものように読書をして、時間がきたので教室に戻った。
雲雀さんもいつも通り、その場に残っていて、その後ろ姿はのんびりしていた。それなのに、どこか凜としていていつまでも見ていたい気持ちになった。


「綺麗な人・・・」


最初会った時から変わらぬ印象。
いつ見ても飽きは来ず、こちらが恐縮してしまうほど彼は見目麗しい。
本当は、私が傍でご飯を食べることはよく思われないだろう。
今日だって――――。


「――――っ!?」


ゾクリ、と背筋に冷たいものが滑る感覚に襲われる。
また、だ。胸が騒ぐ。
最近、廊下を歩いていると不意に感じるモノがある。

なんだろう、この怖い感じ。
この感じ“前”にも――――。


「樋浦さん?」

「!?」


勢いよく振り返った先には茶色の髪を持つ少年がいた。
その隣には綺麗な銀髪を持つ少年が立っていた。


「あ、え、と・・・。ツナくん・・・だっけ?」

「あ、うん(凄く自信なさそうに言われた・・・!)」

「そっちは・・・」

「・・・んだよ」

「・・・地獄さん?」

「てめぇ、果たそうか?」


あ、やっぱり間違えた。
急いで謝ったが、本当に名前がわからなくなってしまった。
難しい漢字と簡単な漢字があった名前だと思うけれど、やはり思い出せない。


「ま、まぁまぁ、獄寺くんっ!」

「しかし10代目・・・!」

「頼むからすぐにダイナマイト出すのやめて。樋浦さんが危ないから!」

「ゴクデラさん・・・? というんですか。こんにちは」

「(え、この空気で和やかに挨拶?)」

「てめぇ、初対面じゃねぇだろ」

「え、でも、挨拶はしていませんよね? ・・・しました?」

「・・・」


茶色の筒状をしたものを取り出していた彼だったが、ひとつ溜め息を吐いて、その筒をどこかにしまった。


「ケッ、話になんねぇ」


まぁ、これも不良っぽい・・・。
両手をポケットに突っ込んで、中々強い視線をこちらに向けている彼に、一種のデジャブを感じる。
整った顔を不機嫌にしているのが自分のせいだとわかっているが、なんだかこの前捕まった不良さんと種類が違うように感じた。
そういえば、雲雀さんも不良と言われていた気がする。
綺麗な人だとばかり思っていたからその印象はかなり薄い。
もんもんと考えていたら、沈黙に耐えられなかったツナくんが声を掛けてきた。


「樋浦さん、ごめんね。別に驚かせたかったわけじゃないんだけど」

「ううん。気にしないで。大丈夫だから」

「そうですよ、10代目! こんな女にそんな気を遣う必要ありません!」

「ほら、彼もそう言ってることですし・・・」

「え?」

「ん?」


妙なことを言ってしまっただろうか。
ツナくんがポカンと口を開け首を傾げている。その隣の彼もなんとも言えないような表情をしていて余計に焦る。


「どうかしました?」

「いや、なんか会話がおかしいな、って思って」

「?」


要領を得ない言葉に今度は私が首を傾げる番になる。
しかし、彼らが手元に持っているお弁当を見て、「あっ」と思い出す。


「大変です。急いで戻らなくちゃ。じゃあ、また教室で」


今日は日直で、まだ黒板を消していない。次の授業が始まる前に消してしまわなければ。
だからこそ早めにあの場所を後にしてきたのに、これでは意味が無くなってしまう。

そう言うが早いか、急いで教室に戻ろうと踵を返す。
その背にツナくんの「あ、うん」という声が聞こえたので少しだけ安心した。









彼女が立ち去った後、沢田綱吉はしばらく彼女の後ろ姿を見ていた。


「どうしたんスか、10代目」

「ううん、ちょっと・・・」


一度思案してから沢田は自分の思ったことを言葉に乗せる。


「なんか、樋浦さん・・・凄く怯えてた感じがしたんだ」


どうしたんだろう、と呟かれた言葉は予鈴によって消えていった。


(忍び寄る影はすぐそこに)







[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!