少女の言訳


「失礼しま――――え?」

「やっと来たね」

「・・・え?」

どうして、あなたがここにいるんですか?










「・・・雲雀さん・・・?」


あまりにも急だったからか、口から出てきた言葉は予想外にもかすれていた。

どうして――――。

今は昼休み。皆はお食事時である。

私は昼休みにもう一度保健室に来るように、とシャマル先生に言われていたのでここにいるのだが。

何故、雲雀さんがこんなところにいるのだろう?

雲雀さんは怪我を負っていない筈だ。


「な、なんで・・・」

「・・・それはこっちのセリフだね」


え・・・、と思っていたらツカツカと静かに、でも鋭い印象を与える勢いで雲雀さんがこちらに向かってきた。

その気迫に圧されたのか、足が勝手に後方に下がる。


「あっ――――、」


しかし、その足が地面に着く前に雲雀さんに腕を取られ、強引に保健室の中に入れられた。

ガシャン、と保健室の棚に押し付けられ、息が詰まる。

じんじんと背中に痛みが広がる感覚と、棚の中の物が壊れていないか、と不安が胸に広がる。

しかし、痛みのために閉じた目を開けると、そんなことは一気に吹っ飛んだ。


「雲雀、さん・・・?」


烈火の如く、煌めく瞳をした彼がそこにいた。
今までそんな瞳を向けられたことなんてなかったから、思わず我が目を疑う。
しかし、それが真実だというように掴まれた腕に強い力を込められた。


「副委員長から聞いたよ。どういうことか、説明してくれる?」


すぐには彼の言いたいことが分からなかった。
少々、彼の言葉を消化するのに時間を要したが、きっと言いたいことはあの事だろう、と思い至った。
副委員長さんはしっかりと伝えてくれたようだが、どうやら一番大切なことは伝えてくれていないようだった。

しかし、詳しい説明を本人から直々に尋ねられるとは思わなかった。
少なからず動揺した私は、呆然と雲雀さんの端正な顔をじっ、と見つめた。


「黙ってても分からないんだけど」


まるで子どもに言い聞かせる親のように、静かにゆっくりと彼は言った。
その声があまりにも冷たく思えて、知らず知らず体に力が入った。


「あの、ちょっ、ちょっと離れませんか?」

「このままでも喋れるでしょ。それに、放したら逃げるだろうからね」

「――――つッ!」


より強められる力になす術もない。

あぁ、やっぱり乱暴さんなんだなぁ、と今更ながらに感じた。

痛いけれど、お陰で少し冷静になれたようだ。
痛みのために閉じていた目を恐る恐ると開いた。

彼の瞳は相変わらずで、むしろ灯る炎が強さを増したようだった。


「・・・。大丈夫です」

「――――何が」

「私は逃げません。・・・大丈夫です」

「へぇ・・・」


疑いの目が向けられて、ツキリ、と心が痛んだ。
確かに、信用してほしい、と言ったところで互いに過ごしている時間は浅いものだから無理があることはわかっている。
しかし、こうも頭ごなしに否定されてはこちらも不服に思う。
日頃からそんなに信用されないようなことをした覚えがない分、こちらの心にも怒りがわき起こる。


「本当ですっ! 嘘なんてつきません!」


気づいたら、自分でもビックリするぐらいの大声を出していた。
これには彼も驚いたようで、軽く目を見張ったのがわかった。

あっ、と咄嗟に手で口を塞ごうとしたのだが、雲雀さんに腕を捕まれているので、それは叶わなかった。


「・・・」

「・・・」


気まずい空気が流れる。
しかし、お陰であの怒りは霧散したようだった。

あまりにも久々に怒ったものだから、怒り方を忘れてしまったのだろうか。
なんだか、癇癪を起こした子どものようだった、と沈黙の中で思う。

途端に恥ずかしく思えて、穴があったら入りたい気分になってきた。

それでも、伝わってほしいことは何一つ伝わってないのは嫌なので、我慢して雲雀さんを見上げた。


「・・・」

「・・・」


ダメだ。心が折れそうだ。

そう思った矢先、はぁ、と深い溜め息が聞こえた。
同時に、パッと雲雀さんが手を離した。
いきなりな解放であったけれど、離されたと同時に息が軽くなった気がした。


「あの、ありがとうございます・・・」

「・・・お礼の意味がわからないんだけど」


嘆息してから彼は本当に怪訝そうに言った。

自分的にはお礼はギリギリいけそうな気がしたのだけれど。
やはり、ちょっと・・・いや、だいぶ、おかしかったらしい。

正解も不正解もないのだけれど、少しだけ残念だなぁ、と思えて項垂れた。


「・・・それで?」

「え?」

「説明がまだだよ。早く言ってくれる」


急かされるように言われて、そういえば雲雀さんと昼食を一緒に取らない理由を教えろ、と言われていたことに気がついた。
先程の攻防(?)が印象に強すぎて、うっかり忘れてしまっていたようだ。


「あの・・・その、」


言いにくいなぁ、と思えて言葉を詰まらせるけれど鬼気迫る雲雀さんの様子を見て瞬間的に「あ、これはダメだ」と既にライフポイントが無いことを悟った。


「実物を見た方が説得力があるんですけど、」

「前置きはいいからさっさと本題に入ってくれる」

「・・・はい。 ――――片寄って、悲惨なことになったんです」

「は?」

「お弁当の、中身。大変なことになったんで、お見せできない――――というか、食べれる状況じゃなくなってしまって・・・」

「・・・片寄っただけなら食べれるんじゃないの」

「コけてしまった反動で、お弁当が壊れて・・・その、あんなことに」


最後は思わず自分の見たままを伝えたつもりだったが、何故か抽象的な表現になっていたことに暫くしてから気付いた。
私がその過ちに気づくぐらい、雲雀さんの反応はしばらく経っても返ってこなかった。
俯きがちだった顔を上げれば、こちらがビックリするぐらいさっきと変わらぬ無表情の雲雀さんがいた。
しかし、瞳の色は先程のように強い炎はなく、やけに澄んだ色をしていた。


「・・・それだけ?」


ようやく口を開いた雲雀さんが言った言葉は要領を得なかった。

それだけ? 雲雀さんと食事が一緒にできない理由。
お弁当が大変なことになったから。それだけ。

・・・他に何があるというのだろう。


「・・・はい。それだけ、です」

「・・・」


今度こそ雲雀さんは黙ってしまった。
静寂がまた空間を支配し、さっきとは違う恐ろしさが胸を締め付けた。

お、怒ってらっしゃる・・・?

静寂が嫌だなぁ、と思う反面、自分からこの空気をぶち壊す勇気がない。内心ビクビクしながら雲雀さんがもう一度口を開いてくださることを願いつつ見つめていたら、ハァ・・・とかなり深い溜め息が彼の形のよい唇からこぼれ出た。

えぇ・・・! と声には出さなかったが、凄い焦燥感にみまわれた。

だって、溜め息って。ハァ、って何!?

彼の思考が読み取れず、あわあわとうろちょろしたい気持ちを押し殺していたら、彼は何事かを呟いた。


「・・・ホント、変な子」


まさかの言葉に思わず「え?」と聞き返したが、雲雀さんは拗ねたような表情をして私に背を向けた。
空耳だと思いたいのに、雲雀さんはもう一度繰り返して言ってくれないようだ。シビアだ。


「・・・その話だと、君は昼食を摂っていないようだけど」

「あ、はい。私のも大変なことになったので、後で購買で買おうと・・・」

「・・・わかった」


また溜め息混じりに呟いた言葉の意味を掴みあぐねて、雲雀さんの顔をよく見ようと足を踏み出した瞬間だった。


「応接室に行くよ」

「・・・?」


(少女の思考は停止したまま)







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