少女の負傷


朝の登校に、それは起こった。









私はいつものように、ミーちゃんと並んで歩いていた。
最近、何かと雲雀さん関係でミーちゃんに反抗するようになってしまったからか、ミーちゃんの機嫌はすこぶる悪い。
それでも心配だから、とわざわざ迎えに来てくれるのだ。
隣から凄い威圧感が放たれている光景は端から見てもヒくものがあるが、私からしてみたら微笑ましい限りだ。
今日もそんな感じで学校の門前まで順調に歩いていた。
後もうちょっとだな、と思っていたら、バタバタと忙しなく駆けてくる複数の足音が聞こえた。
まだ遅刻の時間ではない。
もしかして運動部の走っている音だろうか。
朝から元気だなぁ。などと全くの他人事のように思っていたら、その足音を立てている人達とすれ違った。


「(・・・あれ?)」


制服が、違う。
どこの制服だろう。見覚えがないから全く見当も付かない。
思わず隣のミーちゃんに視線を向けると、そこには目を見開いて顔が強ばっている彼女の姿があった。


「ミーちゃん・・・?」


どうしたの? と口を開こうとした直後、門前に集まった知らない制服集団が叫んだ。


「おい! 雲雀のヤロウはいるか!」

「昨日の借り、返しにきたぜぇ!」


彼らは手に持っている鉄の棒やらカッターナイフやらを空に掲げるように振っている。
それを見て、ミーちゃんが先に気づいたであろう事態に私もようやく気が付いた。


「・・・報復?」

「ヤバイっ・・・、優奈、裏門に回ろう。こっちはもう通れない。早くここから――――」

「おっ? コイツぁ、いいカモだなぁ」


ミーちゃんの焦った声を遮るように頭上から降ってきたハスキーな声。
ゾクリ、と嫌な予感がした。


「な、何よ!あんた!」


振り向けば、全く知らない顔の男の人。でも、制服はあの人達と一緒のもの。
ミーちゃんが気丈にも吼え返しているが、その人はニタニタと怪しい顔を動かすことはしなかった。
それどころか、視線はある一点に注がれたまま。
男はゆっくりと人差し指を突きつけた。


「そっちの髪の短い女。雲雀の女だろ?」

「――――?」


意味が分からない。
そんな『俺は知ってるぜ』みたいな得意げな顔をされても・・・。
先程の恐怖が今の一言で急速に引いた気がした。
『違います』と口を開こうとした瞬間――――。


「はぁあ? あんなヤツにこの子をあげれるわけないでしょう?!」


何故か凄い剣幕でミーちゃんが言い返した。意味的には伝えたいことではあったが、なんだか違うような気がして思わずミーちゃんを見やった。


「やっぱりそうじゃねぇか。見ろよ、てめぇの言葉が信じらんねぇ、って顔してるぜ」

「はっ?!」

「えっ? あ、違っ・・・! いや、違うってそっちじゃなくて・・・えぇっと・・・」


何が違うのか。とりあえず、男の人の言っていることは確実に違うから、まずそこから消していこうと即座に頭の中を整理したつもりだった。
しかし、これまた遅かったようだ。


「まぁ、候補ってだけでも利用しがいはあるってな」


言うが早いか、ミーちゃんの手は離され、気が付いたら首に男の腕が巻き付けられるようにして身動きが取れない状態にされていた。


「優奈ッ!!」

「ミーちゃ・・・んッ!」


呼ばれるままにミーちゃんに手を伸ばそうとした瞬間、男の腕が喉を圧迫する。


「てめぇらに構ってらんねぇよ。さぁ、とっとと行くぜ」

「その必要はないよ」


冷めた声音が耳朶を打つ。息苦しい中、声のした方に視線をやると黒い学ランを着ている人物がそこにいた。


「雲雀さ・・・っ、」


急に喉を圧迫する力が強くなった。視界が徐々に霞んでいく気がした。


「おぅ、早かったじゃねぇか。ほかの連中は?」

「あそこで伸びてるよ。言うほど手応えも何も無かったね」

「言ってくれるじゃねぇか」

「君も同じようにぐちゃぐちゃにしてあげるよ。並盛の風紀を乱したら・・・どうなるか――――」


雲雀さんが視界から消える。そこから、一瞬だった。
バキッと耳障りな鈍い音がした。
そうして、首の圧迫が緩む。同時に力強く腕を引かれて、勢いのままアスファルトに放り投げられる。


「つッ!」


頭がぼうっとしていたからか、勢いがあまりにも早かったからか、上手に受け身を取ることがままならない状態で地面に体を強く打ち付けた。


「優奈!」


急に通ってきた酸素でむせている間、悲鳴のような声を出したミーちゃんが駆け寄って来てくれた。


「あ・・・ミーちゃ、ゲホッ、ゲホッ!」

「だ、大丈夫?! ちょっ、血! 血、出てる! あんのヤロウ、なんて助け方・・・!」


かなりヒリヒリズキズキと痛む腕を見やれば、見事に全体的に擦りきれていた。
うわぁ。
小学校以来の光景に、何とも言えないものが心に突き刺さる。
心なしか、片頬もヒリヒリする。
――――まさか。
痛む頬に手を伸ばそうとした瞬間。


「触んなぁ!」


バシッと、これまた凄い力でミーちゃんにその手を叩き落とされた。


「〜〜〜〜っ」

「バイ菌入ったらどうすんの!いいから、早く保健室行くわよ!」


もう、何も言えない。
膝頭も怪我をしてしまったようで、支えられながら校舎に向かう。
チラリと一瞬だけ雲雀さんがいるであろう場所に視線をやる。

――――バキッ!

銀色に光る固そうな棒で男の顎を下から攻撃するその音と共に、男はゆっくりと後ろ向きに崩れた。
同時に雲雀さんの横顔が見えた。


「――――」



(その表情に、声を失った気がした)







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