少女の見聞


昇降口に辿り着いたと同時に、目の前の少年は私の手を放した。










「か、咬み殺されるかと思った…!」


未だ、ゼェ、ハァと肩で息をしているススキ色をした髪の少年は息切れ激しくポツリと零した。
ここからでは彼の後ろ姿しか見えないが、下駄箱に手を置いている様子からして、きっと激しく打ち付ける動悸を宥めようとしているのだろう。
どれほど急いで走って来たのかがわかる。

かく言う私も、息切れが凄い。
正門から昇降口まで、たったこれだけの距離なのに、随分長い距離を走ったように感じられる。
運動不足が祟ったのだろうか。


「いいダッシュだったな、ツナ!」

「てめぇ、何上から目線で10代目に物言ってんだ。口を慎め、口を!」


不意に両隣にいた男子二人が喋った。

見ると、二人はとてもピンピンしていて、息切れすらしていなかった。

元気な人達だなぁ。
運動慣れしているのだろうか。
へばっている私が、なんだか情けない。

声を掛けられたであろうススキ色の髪をした少年はゆっくりとこちらに振り返った。

あれ、この人、見たことある…。


「獄寺君、もういいから…。実際スポーツは山本の方が上なんだし」

「そんなご謙遜なさらずとも。10代目に叶う奴はこの世に誰一人としていません!」


なんだか江戸時代のやり取りみたいだなぁ。

ススキ色の少年が銀髪の少年の力説具合にちょっと引き気味なのが気に掛かるけれど。

それでも、充分、面白い。


「あっ、樋浦さんは大丈夫?」

「……え?」


いきなりススキ色の少年に声を掛けられたので、笑いが引っ込んだ。


「なんで、私の名前…」

「え? 樋浦さんってオレの後ろの席だし」

「え、あれ…? 一緒のクラスの人…?」


しかも、前の席の人…?


「てめぇ、10代目の顔を覚えてねーなんてどういうことだ!」

「ご、ごめんなさい! なんか見覚えあるなぁ、っていうぐらいにしか…」

「ハハッ! 人覚え苦手っていうの、本当だったんだなー。その調子だったらオレらのことも知らなさそうだな」


ギクッ。
思わず肩が跳ねた。

その挙動を見逃さなかったススキ色の彼は「まさか」と疑うような視線をこちらに寄越した。

あ、失敗した…。


「い、いや、オレを知らないのはわかるけど、いくらなんでも山本達のことは知ってるでしょ。あれだけ騒がれてるんだから…」


有名人だったんですか―――!?

非常に申し訳ない。ススキ色の彼には悪いけれど、これは言い逃れは出来ない。


「ご、ごめんなさい…! 彼の、言う通りです」


言いながら黒髪のハツラツとした少年を紹介するような仕種で彼を差した。
その瞬間、ススキ色の少年は思いっきり目を見開いた。同時に「えぇ―――!?」と大きな声を出した。

あまりの驚きように、羞恥が沸き上がる。

―――もっと早くに覚えとけばよかった。

あ、でも…。


「で、でもでも! さっきの会話で大体の名前は覚えましたよ!」

「おっ、ホントか?」

「ホントです。いきますよ!」


ひとつ大きな深呼吸をして、キッと彼らを見据える。


「あなたがジュウダイメさん。で、あなたが山寺さん、それから獄山さん! ……あれ?」


なんだか、響きが違う。
自信を持って言ったのに、空回ったような空気が私達を囲んだ。

瞬間――――、


「それだけはやめて―――!!」

「こいつとミックスなんて冗談じゃねー! ナメてんのか、テメェ!」

「アハハッ! 樋浦っておもしれー!」


三人が様々に声を上げた。
私はひたすら謝るしかなかったのだった。



(これからは無駄な自信は持たないようにしよう)




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あきゅろす。
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