少女の帰路


なんだか、変に緊張する…。










あぁ、またどうして私はよくわからないことになっているのだろう。
これは災難と取るべきか、幸運と取るべきか。
とりあえず、彼には迷惑をかけているに違いない。
会話のない奇妙な沈黙を破る為に、私は意を決して口を開いた。


「あ、あの、すみません。わざわざ傘の中に入れて下さって…」

「ソレ、さっきも聞いた」

「あ…。なんだか、こうしていると、段々申し訳なさが増して来てしまって…。今なら何回も言える気がします」

「言わなくていいよ」


ばっさりと切り捨てるように言う雲雀さんに、苦笑が零れる。
内心、彼の台詞の後に「欝陶しいから」と続きそうだなぁ、なんて思いながら。



あの後、結局、傘置きコーナーに行ったものの、先生方と雲雀さんの傘しか残っておらず、ロック無しの所にささっている(らしい)筈の傘が一本も見当たらなかったのだった。

理由は、すぐにわかった。
今日は大半の誰もが予想外の急な雨。
私は教室から出るのも遅かったし、こんなコーナーがあること自体知らなかったから、皆はその間にそそくさと帰って行ったのだなあ、と。
後悔はわかなかったけれど、真剣に私は運がないんだな、と再確認したようで、ほんの少し、いたたまれなかった。

一本もないところからして、一年生の子も、早々にこのコーナーを発見していったのだろうか。
なんとも、観察眼が鋭い子達だ。
先輩に教えてもらった可能性も充分あるんだろうけれど、どちらにせよ、私より頭が利口に感じられるのは、気のせいではない。
なんだか私って、惨めだ…。

いや、この場合、もうひとつのパターンがあるではないか。
ただ単に、置き傘自体少なかった、という場合だ。
これ以上ネガティブ思考に陥らないように、そっち方面で考えることにしよう。
うん、そうしよう。

私の呑気な頭はそれで決着がついたのだけれど、それと同時に、現実という壁にぶち当たったことに気付く。

じゃあやっぱり、雨の中、走って帰るしかないなぁ。

その結論に至った私は、雲雀さんに「雲雀さん、ありがとうございました」と言って、鞄を返して頂こうとした。
しかし、予想に反して彼は返してくれず、更には「傘は?」と聞かれてしまった。
正直に「ありませんでした」的なことを言ったら、雲雀さんは途端に鋭い眼光を解き放った。
その後、「君、馬鹿?」とか「どうやって帰るつもりなの」とか、ささやかな罵声と鋭い詰問を繰り返され、最終的に彼なりのやり方で、今の状態―――――相合い傘という、私的に前代未聞の状態にやり込められてしまったのだった。

いやはや、あの時の雲雀さんは、ミーちゃんを彷彿させた。
昼休みの食事中も、あまり喋らない(…というか、喋らない)のに、今回はやけに饒舌だったなぁ。
意外な一面を見て、脳内は結構なパニック状態に陥ってしまったこと、彼にはバレてしまっただろうか。
バレてしまっていたら、恥ずかしいなぁ。ていうか、失礼か。


「あ、私の家、ここです」


危うく通り過ぎる寸前だった。
私が声を掛けると、彼は歩を止めることなく、玄関近くまで近寄ってくれ、私を屋根の下になるように導いてくれた。


「あ…すみません、ここまで送ってもらって…」


まさか、ここまで丁寧に送られるとは思わなかった。
意外というのも、ここまできたら失礼に聞こえるなぁ。
でも、意外にも紳士的な彼に、私はやや茫然としていた。


「別に」


あぁ、そういうところは紳士的ではないんですね。

クスクスと笑う私に、彼はまた怪訝な表情をした。


「謝るなら早く中に入りなよ」

「そうですね。あ、雲雀さんも中に入って下さい」

「は?」


あることを思い出した私は彼に言った。
しかし、彼はますます眉間に皺を刻むだけで、その表情はあまり変わらなかった。―――あれ?


「私、何か変なこと言いました?」

「君、結構軽く言ったけど、送られる度に君は男とか関係無しにそうやって家に招き入れるわけ?」

「? いえ、男の人は雲雀さんが初めてですけど…。それに、一度先生に送って頂いた時、そのままお別れしてしまって、母にとても怒られてしまったんです」

「なんて?」

「『お礼もせずに帰すなんて何事ですか!』と」

「……ソレ、別に中に入らなくても出来るじゃない」

「いえ、母によるとお客様を玄関に入れてお礼を言うのが礼儀なんだ、と」

「君のところ、意外にそういうのに律儀なんだね」


盛大な溜め息を吐いて、雲雀さんはわざとらしく肩を落としてみせた。
はて? 律儀とは…。
他の人はやらないのだろうか。
私はこれが“常識”だと思っていたのだけれど。
だって、あんな険相で母さんに怒られたのだし…。


「僕はいいよ。帰る」

「え…でも、私のせいで肩が濡れてしまったんですし…」


目に映るのは、片方だけ異様に黒さが増してしまった学ランの肩。
あまり大きくもない傘で、二人を入れるのは、やはりきつかったらしく、彼の肩がとても目立っているように思えた。
対する私は、あまり濡れてなく、雲雀さんがわざわざ気を遣って下さったんだなぁ、とこの時、改めて痛感したのだった。

ちょっとでも、温めて帰られた方がいいのではないか。

そう思ったものの、雲雀さんは呆気なく私の言葉を振り払った。


「いい。やることもあるから。道草はしてられない」


ここまで言われては、さすがにこれ以上は言えない。
いくら礼儀だと言われても、彼にも用事があるのだ。
無理強いすることこそ、礼儀に反することだ。
そう判断した私は、大人しく下がることにし、代わりに、とスカートのポケットからハンカチを出した。

一旦、距離を置いていた間を埋めて、彼に近寄る。
そうして、ハンカチで彼の濡れてしまった肩を申し訳程度に拭いた。
雲雀さんはやや驚いたような顔をして、じっ、と見てきたが、止めることはせず、そのまま私の好きにさせてくれた。


「……やっぱり、あまり拭き取れませんね。残念です」

「当たり前でしょ」

「家に帰ったら、ちゃんと身体を温めて下さいよ? 風邪をひいてしまわれたら、大変ですから」

「善処はするよ」

「絶対ですよ」


念には念を。
しっかりと彼の目を捉えて言えば、彼はまたムッ、とした顔になった。

そんな表情してもダメです。
というか、そんなあからさまな態度を取られたら、逆に不安になるんですけど。
本当に、大丈夫だろうか。


「じゃあね」

「あ、はい」


慌てて、玄関下に戻る。
彼は私に背を向けて、歩き出した。
そこで、ようやく私は1番言わなければならないことを思い出した。


「雲雀さん! 送って下さって、ありがとうございました!」


雨の中でも聞こえるように、精一杯の声を出した。
少し遅れて彼は立ち止まったが、こちらには振り向くことなく、またそのまま歩き出した。

ちょっと振り向いてくれることは期待していたのだけれど、まぁいいや。
ふぅ、と深呼吸し、私もまた雲雀さんに背を向けるように扉に手をかけた。

今日は、なんだか一日長かった。

そんなことを思い、今日を振り返る。
しかし、また私はあることに気付いた。

バッ、と後ろを振り向き、雲雀さんが帰って行った方向を思い返す。


「……逆、方向…」


雲雀さんと来た道と、雲雀さんが帰って行った道は、同じ。
ということは――――――、


「遠回り、してくれた…?」


途端に、胸に温かいモノが込み上げてきたのは、言うまでもない。



(私の家は、道草に入りませんか?)




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