少女の混迷
整った顔立ち。綺麗な瞳。
彼が、私の前に立っていた。
少女の混迷
「雲雀…さん…」
意識せず、彼の名前が口から零れた。
どうしてこんなところにいるのだろう。
よりにもよって、こんなタイミングで。
そんな私の様子を見た彼は、ぴくり、とやや柳眉をつり上げた。
「何してるの、って聞いてるんだけど」
不愉快そうに歪められた表情のまま、彼は繰り返し私に尋ねた。
うっ、と一度彼の威圧に息を詰めた後、ゆっくりと口を開いた。
「こ、コけてました…」
「自主的にかい?」
「い、いえ。不可抗力的に…あれ…?」
頑張って答えてみるも、よくわからない言葉が口から出て来る。
言っている本人が何を言っているのかわからない。
あ、あれ?
今のって日本語的にどうなんだろう…?
ちんぷんかんぷんな顔をしている私に気付いたのか、雲雀さんは大仰な溜め息を吐いてみせた。
あわわっ…!
「す、すみません。もう一度、いいですか?」
「……その必要はないよ。言いたいことは大体わかった」
わぁっ、凄い。
あれでわかるなんて。
大人な雰囲気を醸し出している雲雀さんはそれなりの経験がおありのようだ。
随分、呆れたように言われたけれど、私的には感動ものだなぁ、これは。
なんて思っていたら、スッ、と綺麗な手が差し延べられた。
「?」
なんだろう、この手は。
雲雀さんには悪いけれど、急に差し出されたのもあり、しかも彼は無言であるから、私は本気でわからなかった。
おどおどしながら彼の手と彼を交互に見やる。
「いつまでそうしてるつもり。さっきも言ったけど、下校時間はもう過ぎてるよ。早く立ってくれる」
彼に言われて、初めて時計に視線を移した。
7時3分。
本来の下校時間は確か6時半。だいぶ過ぎていた。
ヤバイ。ちょっとの雨宿り程度のつもりだったのに。
きっとお母さんも心配して――――――
「――――! わっ、わっ!」
右腕が何かに掴まれて、急な引力が発生し、強引に引き上げられた。
何が起きているのか、と引力の発生した方へ振り向くと、物凄く綺麗な雲雀さんのお顔が真正面にあった。
あまりの近さに一瞬、眩暈がしたような気がした。
―――――――ていうか、この姿勢っ…!
「ひ、雲雀さん。立つ、立ちます! 一人で立てます!」
グイグイッと未だ結構な力で引っ張ってくる雲雀さんに必死な思いで伝える。
ちょっ、流石にこれは痛い。
言うのはなんか嫌だけど、う、腕の肉がっ…! ていうか、ホント、血液が止まるんじゃないかって程力強い。
あ、生理的な涙が出て来た…。
あぁ、やっぱり男性なんだなぁ、と場違いにもそう思う。
必死な思いが通じたのか、ようやく腕にかかる力が弱まり、そろそろと立ち上がることに成功。
その時には既にこちらが疲労でいっぱいな気分だった。
思わず大きな息を吐いてしまった。
「はぁ…。ありがとう、ございました」
痛かったけれど、立たせてくれようとしていたのは嬉しかった。
お礼を言うと、案の定、彼は「別に」と言うだけであった。
あぁ、ホント。この人はいつも通りだなぁ。
なんだかとても安心して、フフッと笑うと、ちょっと睨まれた。
「すみません、ちょっと面白かったので…。あっ、面白いって言うのは顔のことじゃないですよ。むしろ雲雀さんは美人さんですから堂々と自信持ってそのままいって下さいね」
「…………ねぇ、それ、僕はどう反応すればいいわけ」
多少困ったように、「こいつ、どうしようか」と迷ったような複雑な顔をする雲雀さん。
慌てて訂正したのに、予想に反して安心しない雲雀さんに首を傾げる。
まさかツッコミ所が満載だ、などと思われているなんてその時は気付かなかった。
「? 安心、しないんですか?」
「今の台詞を言われてなんで『安心』に繋がるのかよくわからないんだけど」
「え…」
お互いにわからない、と言った表情が浮かぶ。
えーと。これはどう収拾すればいいのだろう。
1から説明しても、私の言語力で果たして通じるのか…。
不安に思いながら改めて彼を見ると、またもや「はぁ、」と溜め息を吐かれた。
………喋らない方がいいのだろうか。
なんだか、彼も疲れているような気もするし。
「君は、いつもそんな感じなの?」
「(そんな感じ…?)はぁ、多分…」
「そう…」
「?」
なんだかよくわからないけれど、納得された辺り、その返答でよかったんだろうな、と思う。
「……帰るよ」
「え、あのっ、雲雀さん、鞄っ…!」
彼の急な発言と行動に目を見開く。
先程まで「帰れ」と言っていたのに、手の平を返したような態度に驚いたのもあったと思う。
ていうか、私の鞄…!
「私、持てます。持って来たんですから」
「君は行動が遅いからこうでもしないと動かないでしょ」
「そ、そんなことありません! 今日はただ雨がマシになるのを待ってただけで…」
「だろうと思った」
「普段はちゃんとした行動を―――って、え?」
聞き捨てならない言葉を聞いて、思わず足を止める。
彼はそんな私に緩慢に振り向き、早く着いて来いと言いたげに視線を寄越した。
慌てて彼との距離を縮めると、また彼は歩き出した。
「あの、雲雀さん。さっきの言葉は一体…?」
躊躇いがちに尋ねてみると、彼はちらり、と私を見やり、視線を窓に向けた。
「急な雨だったからね。傘がなさそうな顔してたから、大体の予想はついてたよ」
傘がなさそうな顔…?
どんな顔だろう、と頬に手を触れてみる。
というか、あれは寝起きの顔に近かったのでは…。
今更になって羞恥が浮かんで来る。
後もう少し起きるのが遅かったら、寝顔を見られていたかもしれなかった。
そんな運の強い私に、心の中でグッジョブ。
けれどもまぁ、雲雀さんが言っているのは、こんな遅くまで残っているということはそういうパターンだろ、という経験からのものだろう。
ようやくその考えに辿り着き、疑問は見事払拭され、納得に至った。
「あの、ところで私達はどこに向かっているのでしょう?」
しかし、ひとつ納得がいかない。
傘がない云々はともかくとして、どうして私は鞄を持たれ、彼について行っているような現状になっているのだろう。
彼の後ろ姿を見つめながら、頑張って彼に近づく。
「傘を取りに」
「雲雀さんの、ですか?」
「うん。あと、君のもね」
「私の…?」
「職員室に置き傘がある。それを借りればいい」
「……そんなコーナーってあったんですか…」
「二年生で知らないの、君ぐらいだよ」
「え…」
あっさりと返された言葉は、思ったよりもダメージが大きかった。
(視野が狭いという証明には、充分でした)
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