少女の受難


ぐったりと机に突っ伏している少女の姿がそこにあった。










怖かったぁ。ミーちゃん怖かったぁ。

あんなに怒られたの、凄く久しぶり。
ミーちゃんはあまり怒らないし、どちらかというと大人しい子、という印象が強い。
そのため、あれほど激怒した姿を見るのは本当に稀なのだ。

きっと、彼氏さんも見事な豹変ぶりに驚いたことだろうな。

私も、涙がホロリと流れたから、相当だった筈だ。
ダメージは依然として大きい。

ちらり、とミーちゃんを見やる。
先程の騒動なんて忘れてしまったかのように真面目にノートをとっている。


――――――――――ボキッ

「……………」


あ、ミーちゃんのシャー芯折れた。
ミーちゃんは相変わらず、焦らず冷静にカチカチ、と新たな芯を出した。


―――――――――ボキッ


程なくしてまた折れた。
ミーちゃんはじーっ、とシャーペンを見つめる。

ふっ、と視界を広げてみたら、心無しか、周りの皆が脅えているように見えなくもない。

待って待って待って。
もしかしてミーちゃん、まだ怒ってるんですか?

その結論にようやく辿り着けたと同時に、3度目の『ボキッ』という音が耳に入った。
とうとう堪らなくなった私は、いそいそとノートに視線を戻し、板書に専念することにした。

どうしよう。
どうすればいいんだろう。
どうやったら元のミーちゃんに戻ってくれるのだろう。

あんなに力んでるミーちゃんに近づくのは、今は凄く怖い。
きっと、授業が終わってもあの様子は変わらない。
絶対変わらない。
妙な確信を胸に、優奈は余計に頭を抱えることになったのだった。


一方、優奈の前の席である沢田綱吉は、背後から聞こえてくる、酷く嘆いているような声が気になって気になって仕様がなかった。
若干泣いているかのような弱々しい声も時折聞こえるのだ。
気にならないわけがない。


「(ど…どうしよう…)」


慰めるべきなのか、この場合。
他の皆は関わらないことを決めたのか、俄然、見てみぬ振りを突き通している。

それはそうだろう。


「(だって、ヒバリさんと昼ご飯食べてたんだもんな)」


昼休みに突然、風紀副委員長が姿を現し、「樋浦優奈の鞄はどこだ」とか言って来た時点で薄々感ずいてはいた。
いや、実際には何か病院送り的なことをされたのかと勘繰っていたのだけれど。
しかし、現実は違った。


「お昼ご飯食べて来ました!」

「応接室です!」

「雲雀さんです!」



元気よく、それはもう、幸せそうな表情で彼女は言ってのけた。
本当に友達感覚で、『ちょっとそこまで行ってきました』と言わんばかりに。

場所が応接室じゃなく、相手の人も“あの”ヒバリさんじゃなかったら、皆もあんな空気を出さなかったんだろうなぁ。
そう思うと、なんだか樋浦さんが可哀相に思えて来た。

オレなんてあそこに入った途端に殴られたしな…。

苦い思い出が沢田綱吉の頭を過ぎる。
獄寺君は『応接室』と『雲雀さん』と聞いた途端、樋浦さんに殺気を放つし、山本にいたっては「すげーな」と朗らかに笑っていたし。
つくづく、正反対な反応をする二人だったけれど、心中は皆一緒だろう。

『樋浦さんは一体何者』

これだ。
樋浦さんのことを知らないだけに、その疑問は強い。
あのヒバリさんが躊躇わず、自分の領地に入れる人物。
あんなに日頃から『群れるな』『咬み殺す』とか物騒な言葉を言っているヒバリさんは基本的に戦闘主義者だから、その人物もまたそういう傾倒なのだろう、と誰もかれもが予想している。


「(でもなぁ。あの様子だったら、そこまで警戒する程、危険な子じゃないような気もするんだけどなぁ)」


激しい友人の剣幕に呑まれ、涙寸前であった、あの場景が頭に浮かんだ。
山本と野球部メンバーが頑張っても抑えきれなかった友人に、完全に萎縮してしまっていた樋浦さんは、どこからどう見ても、普通の女の子だった。


「で、でも、話に聞いてたような暴力的なことは何も…」

「あってからじゃ遅いのよ! 念には念をいれてって言ったじゃない!」

「それは失礼だよ…。噂だって、完全じゃないって私は教わった」

「完全も何も、その犠牲者がいるのよ!? あんた現実見なさい!」

「私、現実主義…」

「なわけないでしょう!?」

「え、えぇ…!?」



………今思い出しても、壮絶だった。
一方的だったけれど。


「おい樋浦、よそ見するな!」

「……今日は寝て過ごします」

「は!?」


臆すことなく、先生に堂々とサボリ宣言をした優奈。
日頃から真面目に授業を受けている生徒に、先生は面食らったような頓狂な顔になった。

ふて寝に近い具合に、優奈はごそごそと机の上に置いた腕の中に顔を埋めた。

まさに有言実行。


「……沢田、樋浦起こせ」

「(えぇ!? なんでオレ!?)」


最近とみに(悪い方の)当たりくじを引く確率が高い気がする沢田綱吉は、やや脅えながら優奈に手を伸ばした。

すると、不意に優奈は顔を上げた。
バッチリと視線がかちあった二人。


「……関わりたくなかったら、無理しなくていいよ」

「え…?」


ぽつり、と小さな声で、吐き捨てるように零された優奈の言葉に綱吉は耳を疑った。


「起きます…」


渋々といった体で先程の宣言を撤回し、身を起こした優奈。

周りの皆は彼女と目を合わせないように、慌ただしく黒板へと向き直った。

その様子に、優奈は更に落ち込んだのだった。


「………?」


ふと、視線を感じた。
目の前の少年だった。
不安な表情でこちらを見ていたので、優奈は少したじろいだ。


「……前向かなきゃ怒られるよ?」


気を取り直した優奈は、自分を起こそうとわざわざ振り向いてくれた少年にそう言った。


「あ…うん…」


綱吉は、神妙な面持ちで授業へ戻ったのだった。



(気分は、晴れない)





[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!