少女の接触


キーンコーンカーンコーン...

とうとう鳴ってしまったチャイムに、ハッと我に還る。










ノート回収の為、最後尾の人以外は授業終了の挨拶を省き、自由解散となった。
優奈は最後尾だったので一人一人のノートを渡してもらい、先生に提出した。


「あ、樋浦さん」


ふと先生に止められる。
元の席に戻ろうとした姿勢のまま、首だけを先生に向ける。


「はい」

「ちょっとノートを職員室まで運ぶの、手伝ってくれないかな?」


少し申し訳なさそうに笑う先生。
綺麗な女の先生で成る程この人数分のノートを運ぶのは大変そうだ。
下手をしたら折れてしまうのではないか、と危惧してしまう程この先生はスタイルがいい。

女子の中で大人気な先生。
勿論、私自身もこの先生は大好きだ。

そんな先生の頼みを断るわけがどこにあるだろう。


「はい、喜んで」


答えはイエスに決まっている。






「ありがとう、樋浦さん。お陰で助かったわ」

「いえ、そんな…。私も、幸せをありがとうございました!」


大好きな先生と短かったが道中少しお喋りが出来た。
そのことが先程まであった胸のもやもやを払拭してくれた。
嬉しくて、伝えなきゃ、と思ったら自然と口から溢れた。


「ふふっ、樋浦さんって面白いわね」


対する先生はおしとやかな仕種で上品に笑った。

うわぁ、美人さんだぁ。
どうしてこんな成績が並なところにいるのかつい不思議に思ってしまうくらい。
私立にいる方がしっくりくるのに。

大人の事情かなぁ?なんて思考を巡らせながら暫く先生のお顔を見て癒しを頂く。


「先生、やっぱり綺麗ですね」

「あらまぁ。褒めても何も出ないわよ。ほら、もうお昼休みだし、樋浦さんもお腹が空いたんじゃない?」


言われた瞬間に、お腹が非常に食べ物を欲していることを自覚する。
そしてほぼ同時に、くきゅるるる〜、と軽い音を立てた。


「っ!!?」

「ほら、もう限界みたいよ」

「ご、ごめんなさい! しっかり食べてきます!」


恥ずかしさが一気に頂点に達し、すぐさま扉へ駆け寄る。
背後から先生の「ごめんね〜。ありがとう〜」という声に軽く会釈して、勢いよく廊下へ飛び出した。

――――――――のがいけなかったらしい。


「!」

「えっ!? ふわぁっ!?」


不意の人影に、反応しきれなかった自分の身体はその人目掛けて傾ぐ。
止められない。
足がもつれたせいで自由は利かず、身体は重力に従って前のめりとなり、恐怖心を増幅させた。

お願い避けて―――――――!!!!

だんだん近付く黒に、咄嗟に目をつむる。
風が頬を撫ぜる。
しかしそれは一瞬で、腹部に微かな衝撃を受けたと思う以外、何も身体に刺々しい衝撃は来なかった。


「……なんだ、こんなところにいたの」


いつまで経っても来ない衝撃と、自分の多分に奇妙な姿勢に疑問を抱きつつ、上から降って来たやや聞き慣れた感のある声に堅く閉じた目を開けた。


「ひ…雲雀さん……?」


上を見上げれば鋭い光を帯びた瞳と、端整すぎる顔と出会う。
あまりの近さに一瞬心臓が止まった(ような気がした)。

彼を認めたのと同時に、自分の今の状況を理解した。


「わっ、ごっ、ごめんなさい!」


足に力を入れ、急いで彼から身を離す。

急に離れたことで少し肌寒いような感覚に陥ったが、それはほんの一瞬のことで、すぐさま顔を中心に身体全体が熱くなった。

彼とぶつからなかったのは幸運だった。彼の反射神経には敬服する。
けれど、アノ体勢はいろいろと心臓に悪い。


「…職員室から出てくる時は気をつけなよ。思わず殴りそうになった」


不機嫌な声に恐る恐る視線を上げる。
案の定、眉間に皺を寄せて難しいお顔をしておられた。


「(あ、危なかった…)は、はい。……あの、腕、大丈夫ですか?」

「?」

「さっき、受け止めて下さった時…」


言いにくい。この先は恥ずかしくて、とっても言いにくい。
けれど、言葉にしないと相手はわからない。
でも、さっきのことは思い出すだけでも頭は混乱するばかり。
あぁ、どうしよう!

そんな思考が巡り巡ってとうとうこの口は言葉を濁し、動かなくなってしまった。


「……別に。腕ならなんともないけど…」


雲雀さんは私を受け止めた腕を見やり、グー、パーと手を開いたりと腕の神経を確かめながら言った。


「そうですか…。よかったです」


雲雀さんの『たいしたことない』発言に安堵する。

私が倒れてくるなんてあちらからしてみれば不意打ちだった筈なのだ。
しかし、咄嗟の判断からか、彼は私を腕一本で受け止めた。

急な負荷を彼の腕にかけてしまったので、つったりとかケガをしていないか不安だったのだが、その心配は無用のようだ。


「………よくわからないな。何考えてたの」


対する彼は釈然としないようで、ますます不機嫌を露にした。


「いえ、私重いんで…急な負荷を雲雀さんの腕にかけてしまったのでちょっと心配になって…」

「君、僕が軟弱だとか思ってるわけ?」

「え……?」


ぎらり、と雲雀さんの瞳が妖しく光る。怒りにも似たようなその眼差しに、思わず一歩後退した。

男子ってそっちの解釈に入ってしまうのかと理解した次の瞬間、私は早く誤解を解かなければと慌てて言葉を繋いだ。


「い、いいえ、そんなことは…」

「……だったらいい。行くよ」


フイッと顔を背け、雲雀さんは歩き出した。

え、いいんですか? しかも行くってどこに?

あの慌てた瞬間が無駄に思えるくらいあっさり会話は打ち切られた。興味をなくしたらしい彼は颯爽と歩き出す。
私はとりあえず言われた通りについて行く。

隣を歩くのは先程の所業もあって躊躇われた為、彼の後ろを文字通り、『ついて』いかせてもらう。

前を見ると、自然に彼の後ろ姿が目に止まる。

華奢な体格だと、思っていた。
どうしてこんなに綺麗な人が最強の不良として恐れられているのだろう。
そう、疑問に思っていた。

しかし、あの人の腕はとてもしっかりとしていて、力強さを感じた。
男の人なんだなぁ、と再認識した。

感嘆した反面、お腹辺りを触れられたことに羞恥が沸き上がる。

もう過ぎたことなのに、改めて思い出してしまうと、途端に顔がほてってくる。

あつい…。

今は彼が振り向かないことを祈りながら必死に足を動かしたのだった。



(外は梅雨。中は夏)




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あきゅろす。
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