novel
帰り道のキス
砂漠にも寒さは来る。
昼はあれだけカンカンに照っていた太陽も、夜になれば流石に大人しく引っ込んでいく。
しかし、砂というものは厄介で、アスファルトやコンクリートとは違って、熱を吸収しやすく、放出もしやすい。
厳密に言えば、違っているのは後者のみなのだが、つまり日の当たらない夜は、とんでもなく寒くなる。
だから基本的に夜は外に出歩くことはせず、夜はただ宮の中で大人しく居るだけだ。
 
――――そんな風に過ごそうと思っていた、今日も。
 
「おっししょーーーさまぁーーーーーーーっ!!」
 
バタバタガンッ、と嫌な音と共に、こげ茶色の髪の一房がちらりちらり、と覗いている。
嫌な予感に頬を引きつらせても、時既に遅しというもので。
逃げようと思ったときには、扉の外にちゃっかり防寒着まで着込んだ少女が口の端を持ち上げてそこに立っていた。
そのエメラルドグリーンの双瞳が、まるで獲物を目の前にした動物のように輝いていた。
 
 
*************
 
 
ザクザク、と砂を踏む音が何もない空間に響く。
目の前にいるなんともハタ迷惑な弟子は、外の寒さなどまるで感じていないかのように、鼻歌を歌いながら挙句スキップまでしているのだからたいしたものだ。
年の差、というものもあるのだろうけれど、ここまで若さを見せ付けられるように弟子に動かれては、流石に気が落ち込んでいく気がする。
上に防寒着を着ているとはいえ、風の冷たさはその上から侵入してきている。身に沁みてくる寒さとは、このことだ。
その寒さに最近体を動かしていないせいか、関節がギシギシと軋んだ。
 
「師匠っ、遅いですよ!もっと早く歩かないと、日の出に先越されちゃいます!!」
 
別に私は先を越されても構わない、と音にはせずそっと呟いてみる。声に出して言ってしまったら、前を行く弟子になにをされるか分かったものではない。
そもそも、日の出など宮で見ればよいものを、師のことを気遣う気がこれっぽっちもない迷惑な弟子は、人の部屋に勝手に飛び込んできたかと思うと、
 
「お師匠様っ!日の出見に行きましょう、日の出!」
 
そう騒ぎ立てて、こちらの返事を聞く前に外へ引きずり出してくれた。
その外の寒さに反論することを忘れていると、夜の砂漠の恐ろしさを教えたはずなのに、構えもせず能天気に歩いていくバカな弟子を只、先に行かせるわけにも行かず。
帰ってきてから叱りつけるのを前提に、後をついていった。
 
 
**************
 
 
大分歩いたのではないだろうか、そろそろ着いてもおかしくない頃合だ。
最初は何処に向かっているかなど全く気にしていなかったのだが、歩き疲れてきた今になって考えると、この方角は砂漠が広がる宮の周辺でも特に高い位置にあり、街さえも一望できるなんていう、遮るものが何もないところだ。
そこならば早々に人はこないであろうし、他の神官がわざわざこんな所まで来るとは思えない。そもそもこの地を知っている者は、神官の中でも限られている。
ふと顔をあげると、マナの姿が見当たらないことに気付いた。
 
「・・・マナ?」
 
砂に足跡が残っていることから、大方こちらが考えにふけっている間に痺れを切らして先に行ってしまったのだろう。
それに、もう空も薄明るくなってきている。
 
「ちょっと、お師匠様っ!?歩くの遅すぎですよ!!」
「・・・お前が早すぎるだけではないのか?」
「だって早くしないと太陽に先越されちゃう・・・って、コレさっきも言いましたよ?!」
 
既に傾斜になっている少し高いところで、マナは仁王立ちをしていた。こちらが遅れていることに気付いたのだろう、一応待ってくれていた。
もう、と頬を膨らませた姿は、幼いころからほとんど変わっていない。
 
(・・・もう少し、成長しても良いとは思うのだがな・・・)
 
勿論精神的な面で、と自分の考えに付け加える。身体的にこれ以上成長されても、困るだけだ。
 
「ホラッ、師匠早く早くっ」
「分かったから・・・」
 
流石にこのスピードでは、本当に太陽に先を越されてしまう。そんな小さなことで目の前の少女に不機嫌になられて、八つ当たりでもされたらたまらない。
丘の一番高いところにたどり着いた時、既に太陽が放つ光が僅かに地平線から漏れ出していた。
 
「なんとか間に合いましたね〜」
「・・・そうだな」
「遅れたの、師匠のせいですけど」
「・・・・・・」
 
ホントは日の出の30分前にはついてる予定だったのに、とブツブツ言う弟子の言葉は全て無視、だ。
砂の上に直に腰を下ろすと、砂の冷たさが薄布一枚越しに伝わってくる。
隣に座るマナの顔をよくよく見ると、外の寒さからか頬が真っ赤に染まっていた。それもそのはずだ。しっかり防寒をしていると思ったら、薄い布を一枚上に羽織って、砂避けを首に巻いているだけの姿だった。自分でさえ、二枚も上に着たというのに。
 
(全く、この馬鹿弟子は・・・)
 
はぁ、と溜め息を一つ零すと、吐き出された息が空気の冷たさに白くなった。
 
「あっ、お師匠様!見てください!」
「なんだ馬鹿弟子・・・」
 
マナの方を向こうとした瞬間に、そっぽをむかされるように首の方向を指定された。
 
「ぐふうっ?!」
「ちゃんと見てくださいっ!!何のために来たのか分からないじゃないですかぁっ!!」
「いやそもそも私は来るつもりなどなっ・・・?!」
 
もう一度、今度は顔の方向も指定された。
 
「全く、なんなのだ・・・」
 
目を開けると、途端に目を刺すように陽の光が入ってきて、反射的に再び目を閉じてしまった。
もう一度ゆっくりと目を開くと、今正に、地平線から陽が昇ってきているところだった。
 
「・・・やっぱり、太陽神(ラー)の元になってるだけあって、太陽はキレイですね・・・」
「太陽とは、偉大なる物なのだよ、マナ」
 
陽にマナの顔が照らされ、更に頬の赤みが増したように見える。実際はどうなっているかは、本人に聞かなければ分からない。
 
「そんなこんなときまで、テツガクテキにならないでくださいっ」
「・・・いや、全く哲学的ではないと思うのだが・・・。
 というよりも、お前が珍しいことを言うからだろう」
「なっ、ひ、ひどいっ!!」
「ひどくないだろう。事実を言ったまでだ」
「ししょーのイジワル!」
 
べーっ、と舌を出す仕草も昔からほとんど変わっていない。
 
「・・・お前はもうちょっと成長しなさい」
「え?成長してますけど?最近は特にムネとか」
「・・・そういうことではない馬鹿娘」
「どーゆーことですかっ」
「精神的に成長しなさい、と言っているのだ」
「・・・どーせ子供ですよーっだ!」
「そういうところが成長していないというのだ・・・」
 
この調子では、後5年は成長の「せ」の字も見ることは出来なさそうだ。
 
陽が全て昇りきると、急に周りの寒さが身に沁みてきた。
 
「マナ、帰るぞ。お前のような薄着では、風邪を引く」
「・・・」
「・・・・・・どうかしたか?」
 
いつになっても立とうとしないマナの目の前で、手を振ってみる。
 
「いや、師匠もアタシの事、心配してくれるんだなー、と思って・・・」
「当たり前だろう」
「愛されてるなー、って」
「・・・置いていくぞ」
「ひっどぉーい!!」
 
そう言ってやれば、急いで立ち上がって小走りに後ろを付いてくるのだから、怒る気もなくなるというものだ。
 
「置いていかないでくださいっ!」
「ならさっさと歩け」
 
まるで先ほどとは形勢逆転だ、と苦笑を漏らす。先ほどまで急げ急げ、と急かしていたのは誰だか。
 
「行きはアタシの方が歩くの早かったのにー」
 
また頬を膨らませて、拗ねた子供のように腕にすがり付いてくる。
 
「ねぇ師匠?」
「うん?」
「・・・ここに来るの、嫌だった?」
 
上目遣い気味にたずねられて、イロイロとまぁ、視線を反らした。こういう時に、身体だけ成長している弟子は困る。
 
(・・・・・・反則ではないのか・・・)
 
思わず口元が緩んでしまうのを手で覆い隠すと、マナが心配そうにこちらの表情を伺っていた。
 
「どうかしました?」
「い、いや・・・」
「調子でも悪いんですか?」
「そういうわけではない・・・大丈夫だ」
「・・・で?」
 
一瞬何のことか判らなくなったが、すぐ先程の質問の答を求められているのだと分かった。
 
「来るのが嫌なら、私だって自らお前に付いて行きはしないさ」
「も、もしですよ?
 例えばアイシス様とか、他の人に誘われたとしたら、一緒に行きます?」
 
気のせいだろうか、マナの頬が先程よりも赤くなっている気がする。
それはきっと錯覚や陽の光の入り具合のせいなのだろうけれど、マナはよく真っ赤になるから、錯覚とは思えなくなってしまう。
 
「そんな訳ないだろう。お前だから一緒に行っているのだ・・・って、ハ?」
 
マナを見ると、微かに肩が震えている。
 
「・・・マナ?」
「だっ、大丈夫ですっ、何でもなっ・・・!!」
 
顔は相変わらず真っ赤だ。
そこでマナの口元が笑っているのが目について、自分がハメられたのだ、と気付いた。
 
「・・・・・・お前と言う奴はっ・・・!!」
「し、ししょー、顔、赤いですよっ!」
「お前ではないのだから、そんなワケないだろう!!」
「ほら、語尾も強くなってます!」
 
しまった、と思ったときにはちょっと遅かった。マナに指摘されたとおり、顔全体が熱くなっているのに気付いた。
未だきゃらきゃらと笑っている、その幼い顔を引き寄せる。幼い、といっても、もう立派な「女」として見られてもおかしくない歳だけれど。
 
「し、師匠?」
「目は閉じなさい。いつも言っているだろう」
 
そう言ってやれば、なにをされるのか分かったようで、マナはゆっくりと目を閉じた。
 

 
 
帰り道のキスはほのかに甘く。
(今年もマナにとって、良い年であるように、と願った。)
 

 
 
 
 
「今年初キスですね?」
「・・・そうだな」
「師匠からしてくれるなんて、珍しいですね・・・」
「・・・たまにはな」
 
 


tugi

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