novel
獣のようなキス
 
「一護」
「なんだよ」
「一護」
「・・・なんだよっ」
「一護」
「・・・なんだよっっ」
「・・・一護」
「だぁぁぁっ、しつけーな、なんだよっ!!」
 
雑誌を読んでいた俺は、その雑誌をばさり、と下ろした反動で起き上がる。
すみれ色の瞳がこちらを見ている。俺の視線と、彼女の視線が一瞬絡み合った。
 
「・・・なんでもない」
 
そういって、彼女は手に持っていた本に視線を戻した。
 
「・・・ったく」
(なんなんだよ)
 
調子狂うな、と珍しく何かを心の底に溜めている彼女を見て思ったけれど、口には出さないで。
再び柔らかいベッドに身体を沈めて、雑誌を持ち上げたままページを読み進めていく。
 
「一護」
「・・・」
「一護」
 
彼女が再び俺のことを呼ぶ。俺はわざとその問いかけには応じなかった。
 
「一護」
 
彼女の発した言葉の後に、空気のわだかまりが生じた。きっと彼女の吐き出した二酸化炭素が空気中に溶けたからだろう、きっと。
その違和感が幾ら気になろうとも、俺は返事をしなかった。
 
今までも、こんなことが確かあったはずだった。
けれど俺はその出来事を思い出せないでいて、脳内に濃く靄がかかる。
 
「一護」
 
彼女がまた、俺の名前を呼ぶ。
俺は雑誌から視線を外して、彼女に視線を向けた。
床に正座をして、本を読んでいる姿は誰がどう見間違えたって、きちんと正面から見たって美少女だ。
けれどその内面を知って、彼女から離れていった者がどれだけいただろうか。
彼女は表面的な付き合いは苦手だ。まぁ他人の俺が何を知っているか、と言えば別段何を詳しく知っているわけでもない。
寧ろ彼女とずっと長くいる、幼馴染の赤い髪をした刺青素敵眉毛の方が、彼女のことを知っているだろう。
けれど、それはしょうがないことで。彼女とアイツは俺よりも長く生きていて。俺は後から彼女たちを追いかけるようにして生まれた。
それはしょうがない。だってそれはきっと、神様が決めたことだから。
 
でも彼女は俺の名を覚えて、俺の名をこうして呼んでいる。
 
「一護」
 
また二酸化炭素と共に、俺の名前が彼女の口を伝って流れ出す。
けれど俺は返事をしない。
今度は彼女の表情を盗み見る。きっと集中して本を読んでいる。そう信じこんで。
そして俺は驚いた。
 
「・・・んで、泣いてんだよ・・・おまえは・・・」
 
目の前にいる彼女は、既に本などきっちりと正座をした膝の上に放置して、大きな瞳からボタボタと大きな水滴を零していた。
読みかけのページでうつ伏せにして開かれている本の表紙と裏表紙に、彼女の涙が雨のように容赦なく降り注ぐ。
というかそれ、俺の本じゃなかったっけ。と突っ込むのを忘れるほどに、俺はその表情を凝視していた。
 
(・・・うっわ)
 
思わず顔に熱が集中するのが分かる。今彼女が泣いていてよかった、と切実に思ってしまった。
 
長い睫毛は涙に濡れて、瞳は既にちょっと赤くなってきている。それを隠そうとしているのか、瞳を少し伏せているのが逆効果だ。声を上げて泣くまい、と必死になって下唇を噛んで堪えているこの姿。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。今までに彼女のこんな表情を見たことがあっただろうか。
 
(―――小動物、みてぇ)
 
もう一度、ちらり、と横目で彼女を見る。
彼女はなにをしてくるわけではない。けれどただ涙を流している。
大方、どうして涙を流しているのかは分かる。
 
――――彼女は、極端な淋しがり屋だからだ。
 
だからこうして、人がなにをしていようとも自分が淋しくなったら「かまってくれ」、と言わんばかりに人の名前を連呼してくる。
いつもならば、それに返事を返してやる俺も、今日は試しにずっと返事をしないでいてみた。
そうしたら、彼女のこんな、いつもからは想像も出来ない表情をしてくれたのだから、収穫は上々、といったところだ。
 
だけど、今のままでは、俺だけ得をして、彼女は損しかしないことになってしまう。
けれどお礼にすることは、もう決まっているのだから、後はそれを返せばいいだけだ。
 
「ルキア、」
 
彼女の名前を呼ぶ――――と同時に、彼女が振り向く前に頬に伝っている涙を、舌で拭い取った。
彼女の顔が一気に赤面していく。先ほどまで流れていた涙はどこへいったのやら。
 
未だ何も言い返せない状況にいる、彼女の頬を掴んでそのまま。
 
 
 
 
小動物な彼女に、獣からの濃厚なキス
 
 

 
唇を離した時、彼女は首まで真っ赤にして、そのままベッドに倒れこんでしまった。
 
 
 




tugi

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