novel
結論への一歩


「ふぁぁぁ〜〜〜あーぁ」

間の抜けた欠伸が、無人の保健室に響いた。
閉め切ったカーテンは白く、窓は少しだけ開かれていて、爽やかな空気を運んできてくれる。
漫画と好物のコンソメ味のポテトチップスを傍らに、愛用の枕に頭を沈める。
ポテトチップスの袋を開封して、中身に手を伸ばす。その中身は湿気てなど決してない。歯で噛んだ時に小さくパリッ、と音が響く。
本日も来訪者が少ないため(というよりもほとんど来ていない)ここの主である養護教諭は、昼休みに決まってここで溜まる俺たちの為の茶受けを買いにいった。
それに今の俺たちのクラスの授業は美術だし、彫刻刀など危険な物を使っている訳ではないし、体育の授業をやっているクラスがある訳でもない。
怪我人など早々には出ないだろう、と見込んでハデスは出かけて行った。
・・・只、ハデスは気付いていないのだ。
俺のクラスに、称賛するに値する、ドジな人間が居ることに。
 
「し、しししししし失礼しますっ」
 
どもりながら入ってきた彼女は、顔に火がついたように真っ赤になっていることが予想できた。
 
「え、えええっと、は、ハデス先生、いらっしゃい、ます、か・・・?」
 
震えた声が俺以外の人間がいない、事実上は空の保健室に響く。その頼りない声に、体が何故か勝手に反応してベッドから起き上がって、勢いよくカーテンを引き開けた。
 
「ひゃっ?!! ふっ、藤くん?!」
「驚きすぎだろ・・・」
「ふわぁぁぁっ?!な、何故藤くんが、ここに、いらしゃるので、しょうか・・・」
「知ってるだろ。美術嫌いだから、サボりだよ」
 
そうでしたっ、すみません!と頭を深々と下げすぎる(流石に山蔵ほどではないが)ピンク色の頭にいーから、と説得させようとすると、更に深く頭を下げ始めた。これでは山蔵といい勝負だ。
予想していた通り、その頬は真っ赤っかで熟れたトマトの様に朱い。
花巻に頭をあげさせることを諦めて、その頭に手を伸ばして撫でてみる。以外と柔らかいその指通りにどきり、と心臓がうるさく跳ねた。
すると今度は首まで真っ赤にして、動かなくなってしまった。
 
「・・・オイ、花巻?」
 
湯気でも出しそうな姿。なんだ熱でもあるのか、と俺は溜め息をついた。
 
 

ーーーーまぁ、後々この時俺がどれだけ鈍かったのかが思い知らされたけれど。
 
そのまま花巻が動かないのをいいことに、その体を横抱きにして俺の寝ていない方のベッドに運ぶ。
花巻は軽い。本当に飯を食っているのだろうか、コイツは。
花巻は同級生だ。つまり同い年。けれど俺たちには「男女」という高い、一生かかっても超えられない壁がある。その男女という小さな違いだけで、こんなにも差が出るものなのだろうか。
 
そして俺は、この時初めて「異性」というものを意識したのだと思う。
 
(・・・睫毛、長ぇな・・・)
 
その細い身体を傷つけないように、そっとベッドに横たえる。
俺もよく睫毛が長いだのなんだの言われるけれど、流石に女子に勝るものを持っていたら、我ながら気持ちが悪い。むしろなにか違った方向に目覚めてしまっていたかもしれない。
さら、とした前髪を梳く。暖色の花巻の髪は、まるで陽光を吸ったように、触れているとあたたかく感じた。錯覚だと分かっていても、だ。
 
「可愛いよ、な」
 
無意識の内に呟いた言葉は保健室に溶けた。
 
(・・・ん!?)
 
今、俺は、何と言ったのだろう。

 
 
 
その一瞬が、心の中に存在していた僅かな「仮定」を「結論」へと導いた。


 


確信に近づいた保健室の中
 
 


tugi

あきゅろす。
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