チルチルとミチル(完) だ だが、俺は何となく気づいていた。 虫も殺せねぇような穏やかな顔をしてやがるが…目の奥に、暗い何かがあることを。 何に怯えてんのか我慢してんのか…あの針すら通らない肌に自分の爪がめり込んで傷ができてやがる。 ストレス…なんだろう。 俺は怪我人なんだし右も左も分からないんだから構わねぇって言ってるものの、今俺が保証してる衣食住を全部シズオの中では借りにしちまってる。 早く自立しなきゃいけねぇとか思ってるんだろ。 もし俺が同じ状況だとしたら甘えちまうかもしれねぇ…少なくとももっと混乱して帰る方法を探しては躍起になってる筈だ。 知らない世界でも迷惑がかからないように人に気を使えるくらいには大人。 でも、それをストレスに感じてるくらいにはまだ子供で。 だから…あぁなっちまう事を、俺は望んでたのかもしれねぇ。 平和に身を置きたいと願っているシズオ…暴力は嫌いなんだと呟いていたのを偶然聞いてしまってから。 何か、アイツを蝕む…アイツ自身さえ恐れているのだろう力を。 今は仕事中の俺の邪魔をしないようにとバルコニーに椅子を持ち込んで絵本を読むシズオ。 シズオはこの世界の字が読めないらしい。 でもワノ国の…カンジ、とかいうのは読めていて…今は古本屋から取り寄せた絵本を読んでは水の音に耳を傾けている。 趣味が川のせせらぎを聞くことだそうだ。 穏やかな心だからこそ、暴力を押さえきることができないんだろうか。 「壊す」力を「守る」力に変えてくれる環境を…与えてやりたかった。 だから俺はアイツが訪れたタイミングの良さに柄にもなく運命ってやつを信じちまった。 マルコのヤツが来たときはちょっとでかい仕事が入ってたから待ってもらってた…その翌々が着水式。 その日に現れたシズオ。 俺はシズオが落ち着いてからマルコに連絡をやった。 もうすぐ、白ひげがこの町にやってくる。 ウォーターセブンは四皇の縄張りじねぇが、この特殊な環境で育つ食物からできる酒は「美食の町・プッチ」のソムリエも唸る、この町のもう一つの特産だ。 新世界と前半の海を行き来して縄張りを守る白ひげには、毎回贔屓にして貰っている。 あの人は体もでけぇが、なによりその魂がでけぇ。 市長なんかやらせてもらってる俺だが…あの男を前にするとまだまだ子供だと思えちまう。 あそこは白ひげを「親父」と呼び慕ってるからな。 血の繋がらねぇ猛者どもを纏め上げる器の広さ…それに伴う実力。 ウォーターセブンの市長として失礼のねぇように、最高級品を用意しなくちゃな。 数日前のやり取りを思い出す。 空を飛んでくる友人は何度言っても玄関から来ず、いつものように窓に足をかけて最後に見た時と変わんねぇ顔で俺に笑いかけた。 「久しぶりだよい、アイスバーグ…」 「おう…久しぶりだな、マルコ」 手放すのは惜しいが…あぁ、これが親心ってぇヤツなのか…。 期待してるぜ、マルコ。 あの優しい目ぇした男に…居場所をやってくれ。 幸せを運んでやってくれよ。 なぁ、青い鳥。 [*前へ][次へ#] [戻る] |