チルチルとミチル(完)
と
ガラスで切れちまった手を見つめる。
血だ。
あいつの手も、こうして濡れてるんだろうか。
七武海も政府も関係ねぇ…俺たちの弟の力を使ってるってんなら、許せる筈がねぇよ。
あんなに優しいシズオを、どうして汚せる?
時々目眩がする程に俺たちを信じて慕ってくれるシズオが、可愛くねぇ訳がねぇだろうよマルコ。
あの写真を見せたときの困惑した表情、きっと軽くパニックを起こしていたアイツは裏切ったのかと俺に聞いてきた。
あぁ、ぶん殴ってやったさ。
覇気を込めて力一杯な。
「てめぇだけは!それを言っちゃなんねぇだろうが!」
「俺は、隊長として…!」
「分かってる!分かってる、でも…」
「サッチ…」
「餓鬼みてぇな言い分でもいいから…お前だけは、信じろ」
今思えば懇願だった。
俺だって真実が分かるまで何通りの可能性を考えてる。
子供の頃から先の先を読まなければ生きていけないことに気がついて、いつの間にか…自然と身についた癖。
信用の裏に隠した疑い。
ただ、俺自身以外の全てを疑ってこの目で見た真実よりもさらに深く推測する。
チェスみてぇなモンだ。
笑顔でいるのは、それが一番人の心を溶かすから…柔らかくなった心から情報を聞き出すのは難しくはない。
そうやって、生きてきた。
これからも変わらずそうして生きていく。
だから、今も最悪の事態は取りあえず頭の片隅に置いてある。
出身地すら曖昧なシズオが、元から政府の人間だった…もしくはバーソロミュー・クマのように、オリジナルとコピーの関係。
俺たちは政府に騙されていた。
それが、俺が考える最悪の事態。
それでも…それだからこそ。
「シズオは生まれ育った世界を捨てて来たんだろっ!?」
「…!」
「お前を選んだんじゃねぇか…!」
隊長全員に集合の号令がかかったのはその直ぐ後のこと。
写真を皆に見せ情報を全て話せば不安に包まれる部屋…皆考えることは一緒だろうな。
裏切り…ティーチの事件から敏感過ぎる程に出なくなったその言葉。
俺が殴って赤くなった頬を隠そうともしないで、マルコが頭を下げた。
正直俺もそんな展開想像してなかったぜ。
驚いた。
「一番隊隊長として副隊長のケジメは俺がつけるよい。裏切りかもしれねぇ。けど、真実が分かるその瞬間まで…」
あいつを助ける事だけ考えて欲しい。
直接対決になるだろう…シズオか、それともそれを操る何者かと。
最初から敵だったのなら、俺が殺すからとまで言ったマルコに声を上げるものはなかった。
顔を上げたマルコの目に宿るのは、覚悟だ。
サッチさんも、こうなったら腹を括るしかないっしょ。
小さい時からマルコを見てきて、あぁあんなに大きな男になっちまったんだなと改めて…思う。
実をいうと…俺のが年上だったりするんだよな。
多分。
弟分があれだけ頑張ってんだ、俺がやってやらなくてどうするよ。
こんな小さな怪我してる場合じゃないってーの。
俺は手を叩いて、その甲に伝った酒を舐め取った。
さぁ、闇が明けて太陽の端が見える。
戦闘の前の朝ご飯はいつもにも増して気合い入れなきゃな。
ふと思い出した言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「『腹減ったら戦すんな』…だったっけ?…なぁ、シズオ」
シズオが生まれ育った場所のコトワザとかいうそれを思い出しながら俺は立ち上がり厨房へと向かった。
静かな朝が来る、騒がしさを惜しむような静寂の朝が。
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