熟れた果実は甘い味 「やっぱりなっちゃんは可愛いよなー」 そう言って康裕は、持ち込んだ雑誌の、最近ちょっと話題の清純派アイドル・なっちゃんの写真を指差す。白い肌、セミロングの黒髪、カメラに向かってニコッと微笑む姿。 確かに可愛いけどさ、こういう子って実は性格悪そうな感じする。 「何言ってんだよ、断然ちーちゃんだろ」 なっちゃんの隣に映る、綺麗が売りらしいちーちゃんを指差す。 らしい、というのは、特に俺がこの子に思い入れがあるわけじゃないからだ。とりあえず目に入った女の子。なんとなく口元が康裕に似てるなー、なんて思った俺は重症だ。 「お前、絶対この子はないって」 「なんで」 「黒髪ロングは魅力的だけどさ、貧乳じゃん! やっぱ女は乳だろ、巨乳!」 「お前の好みなんて知らねぇよ、ばーか」 嘘だ。実は凄い気になってる。 こいつの好きになる奴が、気になって仕方ない。 今まで康裕が、紳士な性格で、頭もそこそこ良くて、スポーツも得意で、雑誌に出て来そうな程イケメンなのにも関わらず彼女が出来なかったのは、周りに好みの女子がいなかったからだ。 でも、三ヶ月後、高校生になったらちっぽけな世界は一気に広がるだろう。違う中学出身の女子もたくさんいるから、康裕の好みの奴も一人くらいはいるはずだ。 高校入学までに告白しようとも考えたが、もし今言ってフラれて同じ高校になった場合、とても気まずいから言うに言えない。 それに、こいつの好みは、可愛い(絶対中身は腹黒)、黒髪ロング、巨乳。 なんだこの女の子三種の神器的なものは。 振られる。見向きもされない。もしかしたら絶交される。 なんだか泣けてくる。 笑ったはずの顔が、少し歪んでいるような気がした。 それから、やっとのことで康裕と同じ高校に入ってから約一ヶ月。 中学のときからしていた俺の危惧は、どうやら杞憂に終わったらしい。 高校生になって康裕は相変わらずモテるものの、告白されても彼自身が断っている。 必ず「好きな奴いるから」と言って断るもんだから、女子達はそいつを探すのに躍起になってるし、端から見てるだけでも恐い。 しかもその子のことを、康裕が毎度可愛いなんて言うもんだから、男子からも会わせろと騒がれる始末。 いつも、可愛いんだー、という康裕の楽しそうな姿を見るのは苦しい。 「弘樹ー、帰ろ」 「おー」 後ろから声をかけられ、机に置いたかばんを肩にかける。 そんなこんなで相変わらず康裕とは親友をやっているが、如何せん、限界に達しそうだ。 毎日のように呼び出される康裕を見るだけで、心臓が張り裂けそうになる。お前達なんかより、俺のがずっとずっと、ずっと前から好きなんだって叫びたくなる。 そんなことを男の俺が言っても迷惑なだけだけど、もう限界なんだ。 片思いって、ツライ。 肩にかけたかばんが、ずしりと重みを増した気がした。 「そういや、また告られた」 「また?」 「そー。ま、ちゃんと断ったけどさ」 何でもないことのように言う康裕。 そりゃあさ、こっちとしては彼女ができなくてもちろん嬉しいけど。でも、それは“興味がなければすぐに切り捨てる”という暗示でもある。 ――俺は、すぐに切り捨てられるのかな。 何となく、今週を振り返ってみる。今日は金曜日で、1、2、3……。 「4回、か……」 「何が?」 「お前が今週告られた数」 自分で言って、ため息が出る。 今まで康裕に告ってきた大勢の中で、俺は一番望みがない。好み以前の問題で、立ちはだかる性別の壁は、高くて分厚い。 壊そうと思っても頑丈だ。ハンマーが壊れてしまうだけで、結局壁には傷一つつかないのだろう。 「弘樹よく覚えてるなー」 「……そりゃあ、まあ」 だってお前のことだもん。 他でもない、お前のことだから、俺はこんなにも真剣になる。 「何、その4人の中に好きな奴でもいた?」 「……っ」 からかうように聞いてくる康裕に、無性に腹がたった。 康裕のばか。何でそうなるんだよ。俺が好きなのは、康裕だけなんだよ。 ――そう言ってしまえば楽になるけれど、そんなことをしたら今後どうなるかわからない。 もし喋れなくなってしまうのなら、今のまま。何も言わないで友達のフリをしているほうが、よっぽどマシだ。 「……もしかして、マジでいんの?」 「何で、そんなこと聞くんだよ」 「……」 急に黙ったと思えば、康裕はぎゅっと俺の背中に腕を回してきた。 すっぽり埋まった体はぎゅいぎゅいと抱きしめられる。ふわりと香る康裕の匂いは、安心できると同時に心臓を壊す気かと言いたくなるくらい、ドキドキさせる。 何が何だかわからず、頭が真っ白になると同時に、頭から足の先までじわじわと何かに侵食されていく気がした。 「康裕……? どうし」 「もう無理限界。やっぱもっと前に言っておくべきだった。弘樹、好き。俺と付き合って?」 切羽詰まったような声音に、俺は何も言えなくなる。 「もしかしたらって不安になったけど、やっぱそうだった。弘樹が前好きだって言ってた綺麗な子がたくさんいるし。高校になってお前見てる女子多くなったからすげー焦った。もし告白とかされたら、相手の子がすっげーいい子だったら、オッケーすんじゃないかって。こんな事なら中学の時に言っとけばよかったんだろうけど、負担になるだろうし言わなかった。……弘樹が好き、大好き。迷惑かもしんないけど、さ……」 「康、裕?」 「……好きだよ、弘樹」 くっついた身体から。背中に回された手から。仄かに香る匂いから。紡がれる口から。触れ合った温度から。聞こえてくる鼓動から。 全てが俺に「好きだ」と伝えてくるように、俺を包み込む。 じわじわと身体の中を何かが駆け抜けていくような感覚は、少し恐かったが、それ以上に嬉しかった。 「大好き。弘樹」 好き、好き、大好き、弘樹。 何度も発される言葉に、実は夢なんじゃないかと少し不安になって。でも、温かい声に、俺はこれまでに無いくらい舞い上がって。自分の名前を康裕が紡ぐたび、泣き出しそうになるくらい、嬉しくなって。 「……俺も、康裕のことが好きだよ」 そっと康裕の背中に自分の腕を回す。でかい体だな、なんて思ってたら、より強い力で抱きしめられた。 少し痛いけど、その痛みも喜びに変わる。 「本当?」 「……本当」 「本当に本当?」 「本当だってば。しつこい、康裕」 「だってさ、」 ……嬉しくて。 それを聞いた瞬間、仕方ないか、なんて考えてしまう俺は、とことん康裕には甘いのかもしれない。 「愛してるよ、弘樹」 「……っ」 「耳真っ赤」 「……うっさい!」 愛してるなんて他でもないお前に言われれば、そりゃ照れるに決まってる。 顔を隠すように康裕の首元に埋めれば、小さく笑う声が聞こえた。ふわりと頭を撫でる手に、心臓がきゅいきゅい痛む。 「……俺の寿命どこまで縮める気だよ、ばか康裕」 「それはこっちのセリフ。弘樹に何度殺されかけたことか」 「――っだから! んなこと言われったら余計寿命縮むってば!」 「そうだね。弘樹の心臓の音、すげー聞こえる。俺のせいでドキドキしてる弘樹、可愛い」 「も、何も言うな。恥ずかしいだろ……」 ぐりぐりと片口に額を押し付ける。恥ずかしさと嬉しさが、洪水みたいに押し寄せてきて、居た堪れなくなる。 「何この子、可愛すぎ」 「可愛くないから、断じて!」 「好きだぞー弘樹」 「ああーっもう! だからっ」 「愛してる」 「――っ!」 隠していた顔はいつの間にか康裕によって離されていて。いつもより優しい顔に、また胸がぎゅいぎゅい押し潰されそうになる。 そっと近づいてきた顔に照れつつも、瞼を閉じた。 After. 「てかさ、女子が俺見てるってどういうこと?」 「あー……それ?」 「何だよ、教えろ康裕」 「……俺んとこに女子が告りに来んの知ってるだろ?」 「うん」 「その内の3割くらいがお前に手紙渡してくれって頼みに来るやつらなの」 「……は?」 「お前さ、自分ではモテないとか思ってるっぽいけど、裏では結構かっこいいとか可愛いとか言われてんだぞ?」 「いやいやいや、ありえないだろ」 「事実だっての。それで俺がどれだけ手回ししたことか。お前に告ろうとしてる奴牽制したりとか超頑張ったし」 「……」 「……どうしたんだよ」 「……可愛い」 「は?」 「だって手回しとか、牽制とか、俺のことすげー好きなんじゃん、お前」 「今更かよ」 「いや、改めて実感したというか……」 「お前の可愛いさには負けるよ」 「――っだから!」 「本当弘樹可愛い」 「もうやめろってば!」 夏樹×康裕フラグ……あれ?← 2011.8.28.Sun 戻る |