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透明度。
切なさ(シリアス)はぶっ壊す。


自分と出会った当初の伊藤は荒れに荒れまくっていたのだ。だが、自分から喧嘩を吹っかけてなんかいなかったのは伊藤の中で一瀬がいたからかもしれない。
実際伊藤は荒れていて中坊のくせに煙草なんてすっちゃっていたが喧嘩は一通り自分が殴られてからやり返していた。
大人数の喧嘩のときだって殴られてその殴った本人にしかやり返さない。荒れてはいたけれど自分から喧嘩を吹っかけなかったおかげで伊藤に前科だとかそう言うものはなかった。
万引きも他人に迷惑をかけるような行動は一切しなかった。
荒れていても自ら喧嘩を吹っかけなかった伊藤が珍しくその理由を聞くと小学校のころ別れた親友と自分がされて嫌なことはしない、と約束したからだそうだ。
伊藤の話を聞けばこの目付きの悪さのせいでいろいろと嫌な思いをしてきたが家族でさえ見てくれなかったのに唯一そいつだけが自分自身を見てくれた大事な親友なんだと。
唯一の理解者が転校してから色々荒れたけどそうしてもそいつの言葉だけは忘れられず今も覚えているんだと、安住に心を少し開き始めたころにそう言われた。

昨日一瀬くんを送り、帰ってきて鈴芽からいろいろと報告された。
一瀬くんは自分のこと、いやこの町に住んでいたころを忘れているんだと。多分それで一瀬は昔とは違って口数はかなり減ったし感情と言うものもあまり表情に出さない。
だけど根本的なところは変わっていないんだと。

鈴芽のことを忘れているなんてなんて薄情なんだろうか、と思ったのが俺の正直な感想だった。
だってそうだろ?
鈴芽はずっと彼を待っていた。約束、そして誓いもしていた仲であったはずだったのに。誓いがどんな内容かは教えてくれなかったが伊藤にとってとてつもなく大切なものであるはずなのに。
根本的なことが変わっていないのがなんだっていうのだ、と言うのが俺の正直な思いだった。
それを言おうと口を開こうとして伊藤の表情を見てすぐにやめた。

伊藤の表情は悲しげだとかそういう負のものはなかった。
逆に自分が見たこともないとてつもなく穏やかな表情だったのだ。
悲しみもなにもない。ただただ純粋に嬉しそうな顔。


なにも言えなくなってしまった俺の変わりに伊藤は言った。

『確かにオレに誰、と言われた時は心の奥が冷えた気がしたけどよ。だけど本当に透の根本的なところは全く変わってねぇ。
それにただ忘れた訳ではない。…両親が失うときとその前の記憶がねぇんだ。
多分オレやこの町のこと、両親のことさえも記憶がなくなったのは透にとってそれぐらい辛いことがあったからなんだと思う。
透が苦しい思いするんなら別に無理に思い出させるつもりは全くねぇんだ。
オレは』

―透の隣に居られれば、それでいいんだ。


と、穏やかな顔で言ったのだ。
そんな鈴芽を見て俺は悲しかった。
人は見た目で決まるなんて誰が決めたのだろうか。
鈴芽は見た目では想像もつかない健気。
どんなことがあろうと一瀬くんの隣にいるつもりなのだ。
自分を忘れた親友。だけど辛いことを思い出させて苦しむよりも自分を忘れて構わない、なんて。
きっと鈴芽は一瀬くんが自分を忘れていても自分が覚えていれば問題ない、と本当に思っているのだろう。
でもそれでは…あまりに悲しすぎる。

リハビリだなんて大嘘。本当は一瀬くんに鈴芽くんのことを思い出してほしくて提案したのだ。
俺にとったら鈴芽は息子みてぇなものだから、幸せになってほしい。

穏やかな笑みで一瀬くんに話しかける鈴芽を見てなおそう思った。



そして、安住にとってシリアスで伊藤にとったら穏やかな空気をぶっ壊すものが現れた。




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あきゅろす。
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