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透明度。
辛い顔はだめ。
一瀬は困っていた。なぜか反射的に握り拳を作った彼を掴んでしまったのだ。そして離し時がわからない。
いつもならば辛そうに見ていてもなにも感じなかったのに、彼の辛そうな顔を見たらこうせずにいられなかった。
彼を辛そうな顔をさせてはいけない。頭の中で誰かが叫んでいた気がする。
気がするだけだが。
ふとなにか手に掴まれている感触があり、見てみると先ほどまで握り拳を作っていた手が自分の手を掴んでいた。
それに戸惑って彼の顔を見る。

彼はまじめな顔で自分を見ていて、一回深呼吸してこう言った。


「オレは伊藤鈴芽。お前とは親友だった。オレにとったらこれからもだ。透がオレを忘れていようと関係ない。
透の隣にいたい。いさせてくれ。と言うか、いるから。」


これは頷くべきなのか、声に出して返事するべきなのか悩んだ。彼の口ぶりからするとどうやら隣にいることは確実らしい。
…親友、隣にいる?訳がわからない。落ち込んだかと思えばなにか吹っ切れたかのような彼、伊藤鈴芽と言う人間。
一瀬は無表情に頭がこんがらがっていた。
それも当たり前だ。急に親友だったとか記憶にないことを言われて混乱するのは仕方のないことだ。
どう自分が反応していいのかわからずにいると手を離された。


「悪い。オレのこと覚えてねぇのにこんなこと言って戸惑うよな。困らす気はねぇよ」


先ほどとは違う笑みで透をみる。
心底嬉しい、と言わんばかりの笑みだった。



「うおーい。鈴芽ー仕事しろ…て、お前そう言う風に笑えたのか…」

いつまでも戻ってこない伊藤を呼びに来たのだが、滅多に見せない笑顔を先ほど自分が強引に店に入れた少年に向けて笑みを浮かべていたので不覚にも戸惑ってしまった。
なにしろ伊藤鈴芽と言う人間は短気ですぐに怒鳴るし怒るし(それが自分的には面白いのだが)三白眼で目付きが悪くて加えて常に眉間に皺を寄せていて怖い顔がさらに怖い顔になるのだ。
それでこの間家族連れのお客さんに注文の品を出した際に子供に泣かれてしまったのだ。
最近は特に眉間に皺寄せることが多くなってしまって仕方なく裏方をやらせていたのだ。
なぜ少年の相手をさせたのかと言うとリハビリのつもりだった。少年は無表情でこの店を見ていて、
ちょっとやそっとなら泣かないんじゃね?図太い神経してそうだし。と言う性格のよろしくないことを考えてのこと。

その予想通り彼は泣いていないようだから大丈夫ではあるだろう。
それにしても割と長く鈴芽と一緒にいる方だけれどこんな笑顔を見たことがなかった。
……もしかして、この子が

「えっと、きみもしかして一瀬透くん?」

急にそう聞かれて内心驚きつつもゆっくりと頷いた。
なぜ彼も自分も名前を知っているのだろう。
一瀬の戸惑いに気が付かずに彼はまた豪快に笑った。

「そうかそうか!!良かったな!鈴芽。」

「うるせぇ。透が戸惑ってるだろが。」

「お、おう?」

鈴芽の言うことが理解できず一瀬くんを見る。
無表情で戸惑っているようには全く見えないのだが、鈴芽がそう言えば本当にそうなのかもしれない…?いや、でもやっぱり無表情だし、
困惑している俺を放置いて鈴芽は一瀬くんに説明をした。



一瀬はのんびりと先ほど運ばれてきたケーキを食べた。コーヒーは会話している間に冷めてしまって今、伊藤と言う顔に似合わずどうやら面倒見のいい人に煎れ直してもらっている。
今は目の前の、自分を連れてきたがたいの良い人と2人きりだ。
先ほど伊藤に色々と説明された。
安住 龍(あずみ りゅう)さん。この店のマスターをしているんだとか、
俺の名前を知っていたのは伊藤が言ったからだとか。
本当に軽く説明された。俺もそこまで突っ込む気はなかったからそれでいい。
それにしても良く伊藤は自分が先ほど戸惑っていたことに気が付いたと思う、安住さんは伊藤に言われて困惑気味で俺を見ていたし。当たり前のことだろう、一瞬自分でも表情に出たのかと出ることはあるのか、と思った。
思ったが安住さんの反応を見るとそうではなく伊藤が何故か分かったってだけだ。
それはたまたまなのか、本当に気が付いているのかわからない。ただの勘?…なんだかありえそうだ。伊藤の雰囲気が、なんか動物っぽいから。
自分が波川にそう思われていることなんて露知らずそう一瀬は思った。


「悪かったなぁ。戸惑っていたの気が付かなくて」

「……いえ、」

いきなり安住さんに謝られて少しこまる。別に謝ることなんかないのだ。伊藤が不思議なだけで安住さんは普通だ。気が付かないことが普通なのだ。
そう一瀬がそう思っているとくしゃ、と頭を撫でられる。
突然のことにフォークを止めフリーズする。

「きみはあまり感情に出さない方なのか?」

「……はい」

「そか。一瀬くんは動物に似てるな。」

言われた意味が解らなくて首を傾げる。それすらもなにか動物みたいでついつい頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
撫でられたかと思えばかき回され内心混乱気味だ。
動物?それは伊藤のことではないのか。
こうするのはあの人たち以外にもいたのか、とそして同じことを言うんだと、思っていた。


「あまり言葉に出さないからこちらから気をかけないとわからないんだな。でも一瀬くんは人間なんだ。
感情に出してもいいし言葉に出してもいいんだよ。」


ふとかき回すのをやめ真面目な顔で一瀬の顔を見つめて言った。
言われた一瀬は言われた意味がわからなくて首を傾げた。それに安住は苦笑してまたかき回す。


「まだわからないか。まぁいずれわかる時が来るさ」


どんな思いで安住がそう言ったのは一瀬はわからない。結局伊藤が安住がするそのぐしゃぐしゃに怒鳴るまでかき回され続けた。



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